皿の上には真っ赤に熟したトマト。
8つにカットした、最後のひとつをぱくんと口に放り込む。

「ふふ。おいしい」
「……いや、おまえ、平気なのか?」
「え? なんで?」



トマトが無性に食べたくなるの。やっぱりわたし、吸血鬼なんだね。
血は、いらないけど……。似たものを求めちゃってるみたい。
そう言い始めたのが1ヶ月前。それ以来、トマトを切るのは俊の役目だった。



……はあ……。確かに妊娠中は一つのものを連続して食べたくなる、と
ちょっとだけ読んでみた専門書にも書いてあったけどな。
実はトマトはすでに3つめ。
野菜だし、健康的なんだろうけど……腹、壊すだろう、流石に。

「んー、確かに偏りはよくないよね。最近何かにつけてトマトだし。
この子の栄養の半分はトマトだったりして」

愛おしそうに自分のお腹をなでる蘭世。
恋人でもなく妻でもなく母親の顔を見せるのはこんな時。

「…………」

ゆるやかな流線型を描くお腹にそっと触れてみる。
新しい命がその奥に潜んでいる証拠に、時々元気に蹴り返す衝動を感じる。
今まで自分に与えられていた愛情が100だとしたら、近い将来、その配分はいくらくらいになるのだろう。

俊は期間限定でかなり豊満になっている蘭世の胸に顔をうずめ、
そのまましばらく規則正しい鼓動とその感触に身を任せ、思い出したようにつぶやく。

「……片方はずっと俺のもんだ」
「え?」

腕に力を込めてみる。やばい、きっと今の顔トマトなんかよりも真っ赤だ。

「……トマト、もう一個切ろうかって言ったんだよ」
「そう? ……なんか違う気もするけど。でも、食べたいなっっ」
「おう」

できうる限り爽やかに微笑んで、キッチンに向かうのは
まだ見ぬ自分の分身に、ちょっとだけ、嫉妬にも似た複雑な感情を覚える、
じきにおとうさんになる彼だった。