「クリスマス・イブ。よかったら、きてください」

誘ってしまった……まだドキドキしてる。
前を歩く俊の背中を眺めながら歩いていた蘭世は足を速め、俊の横に並んだ。

「もうとっくに授業始まっちゃったね。二限から……うまくもぐりこめるかなっっ」

……なんて。
学校なんて、全然、どうでもいい。
二人で一緒に並んで歩いてるこの時のほうが数万倍大事なのだけど。

「…………」

俊が突然立ち止まり、90度方向転換をした。
そして再び歩き出す。
広いコンパス。慌てて蘭世は小走りでそれを追う。

「真壁くん、そっち行くと遠回りじゃ……」

ぴた。
再び立ち止まった俊が、背中を向けたままぼそっと言う。

「どうせ遅刻だ、ゆっくり行こうぜ」
「え」

その公園は、街の片隅によくある、こぶりなもので、更にこの時間帯だから、だれもいない。
俊は、その身体にはちょっと小さめなブランコに腰をかけ軽くそれをこぐ。
長すぎる足が窮屈そうに曲がって、そのアンバランスさが
……なんか、かわいい……。
蘭世は半分土に埋まったタイヤに腰をかけ、それを見ていた。

「……ここ、結構好きなんだよ。流石に最近は来てねえけど」
「あ、小さい時に遊んでた、とか?」
「まあな」



……そっか、あの時一緒に遊んだのはここだったんだ。

『あの時』。蘭世は地下の扉を使った時の事を思い出していた。
わたしはひと昔前のあなたにあったことがあるのです。
そう言ってみたらこの人はどんな顔をするんだろう。
いつもは考えないように努めていた彼との距離が、いきなり目の前に突き出されたような感覚。
『普通の人間』だったら『できない』ことが『できてしまう』自分……。
―――いけないいけない。せっかくの、こんな嬉しい時間なんだから、もっと大事に過ごさなきゃ、ね。
頭を振って雑念を追い払う。そうよ、こんなチャンス、めったにないんだから!

うつむいてしまっていた顔を上げると、さっきまで俊が腰掛けていたブランコが、空。
俊は道路につづく階段を昇っていた。

「へ?? 真壁くん??」

慌てて後を追う。ちょうどその道は高台になっていて、柵から眺めると、蘭世たちの住む街が一望できた。

「ここ…………」

そう、ここはあの時、夕焼けを見ていた場所。
二人で、手をつないで。

「けっこう、いい眺めだろ。まあ、ただの街だけど」

あの時より数倍大きくなった手は、ジャケットに突っ込んだままだけど。
ふと目線を上げてみると、俊の顔。じっとこちらを凝視している。

「……ま、かべくん……?」

な、なになに!? なんか変なこと言っちゃったっけ?? わたし。

「いや……」

視線を慌ててそらす。

「……笑うなよ」
「へ?」
「……なんか、おまえともっと前に会ったことあるような気がする」
「!!」

俊の手が、ジャケットから出てきて蘭世の頬で止まる。
そこから、沸騰するんじゃないかと思うくらいに熱くなる。

「……なんてな。いくらなんでも、もういい年だよな。わりい」
「……あ」

再びジャケットに手を戻す。
蘭世は再び冷気にあたった頬に手を添える。
真壁くんの、熱が、逃げないように。
そのくせ、きわめて冷静に尋ねてみたり……。

「……誰のこと?」

……一緒に夕焼けを見たひとのこと?

「……ガキの頃の、話。2回くらい会ったかな。おまえみたいな長い髪の……」
「初恋、とか?」
「……さあな、って、なに言わせんだよ、馬鹿」
「エヘヘ……」

本当は、とっても嬉しい事のはずなのに。

──────それは、わたしなんです。
──────わたしは『普通の人間』ではないんです。

言ってはいけない言葉と言ってしまいたい言葉はひとつのもの。
のどまで出かかってくる。
それを無理やり押さえ込むと、かわりに涙がこぼれそう。
それを遮るように、俊が派手なくしゃみをした。

「……う〜〜〜。やけに冷えると思ったら、おれ、さっきの道にマフラー忘れてきちまった」
「……えええ!?」

そういえば、朝あったときよりなんだか首元が……寂しいと思ったら……

「やべえ。あれ、買ったばっかりだったのに。今年はマフラー無しで過ごすのかよ……」

また一つくしゃみ。

「やだっっ! 風邪ひいちゃうよ。これ、使って!!」

蘭世は自分の首に巻いているマフラーをはずし、俊にかけようとする。その手をかるく掴んで俊が言う。

「馬鹿、おれはいいんだよ。男なんだから」

ふわり。
蘭世の手からマフラーをとり、長い髪を手でかきわけて
それで首元をつつみこむ。

「……あ……」

俊の腕が、マフラーの両端を掴んだままの体勢で止まる。

……真壁くん……?
吸い込まれそうな、自分をまっすぐ見つめる視線に耐え切れず、
そしてほんの少しの期待を込めて、蘭世は瞳を閉じた。
俊の手が静かに蘭世の頬に向って動いて……。

「〜〜〜いや〜〜〜〜!! 真壁くんっっ。く、苦しい〜〜〜!!」

……マフラーを頭からぐるぐる巻きにして縛って、くすくす笑う。

「ん? あったかいだろ?」
「んもう!! ひどい〜〜」

頭のてっぺんの結び目をほどこうとする小さめの手を俊は軽く握り、そのまま固結びの目をほどく。

「…………」

こんなに簡単に包まれてしまう自分の手の小ささと、こんなに簡単に包んでしまう彼の手の大きさに驚く。
寒くもないのに身体が震えて言葉にならない。
酸素不足の金魚みたいに口をパクパクさせるばかり。

「……そろそろ、行くぞ」
「う、うんっっ」

そっけなく言って向きを変えさくさく歩き出す俊の後を、蘭世は顔を抑えて追いかけた。
……そうだ、マフラー編もう。
ううん、もうちょっと頑張って、セーターにしようかな。



雪はあいかわらずしんしんと降っている。