妊娠発覚。
周りの、ほんの少しのひやかしと目一杯の祝福でそれは幕を開けた。
さまざまな環境の変動もなんのその、ゆっくりと確実に成長していく
新しい命を抱えた蘭世は、目立って体調を崩すこともなく順調に時を過ごしていく。

「あ、また、動いた!! ねえねえあなたっっ」
「……ん……」

蘭世はお腹に手を当て、それを知らせるべく俊を呼ぶ。
食べる量も二人分、すこしふっくらとした笑顔。
ぽよん。腹より先にそのほっぺに指が引き寄せられる。

「もう〜〜〜! そっちじゃなくて、こっちだってば〜〜〜
ほらっっ。パパでちゅよ〜〜」

俊の手をお腹に押し付ける蘭世。
……パパ……。その単語に反応してほんのり頬が熱くなる。

「なんか変な感じだな」

やさしく暴れて蹴り返す。お、元気だなこいつ。
でも、「こいつ」が「自分の子供」という実感はあまり沸いてこない。というのが本音。

……そりゃ、そういう事はしまくった。恋人同士の頃から。
多分、一般の新婚夫婦の軽く3倍は超えるだろう。頻度も方法も。
でも。
なんら手段を講じることなく行った上で言う台詞ではないかもしれないが、
それは俊にとっては、蘭世を愛するが故、ただそれだけのための行為で、
種の保存とか、まったく意識しなかったというと嘘になるが、
そのための行為ではなかったのだから。
もうすこし、二人で過ごす時間、相手を独占し合える時間があっても良かった。
突発的───事故。
正直、そんな単語が今の心境を一番的確に表していて……。

こんなことを言ったらこいつはぶち切れそうだけれど。
……と蘭世の顔を見上げると、
ぱちくり。驚いたような顔で見つめている。

「変って……ふふ。そうね……男の人ってピンと来ないかな」

俊の手の上に自分の手を重ねる。

「よく言うもんね。女は絶対に自分の子供を産めるけど、
男の人は産めない……見せられた子供を自分の子供、って信じるしかないって」
「?」
「変な話、わたしが浮気してたとしても、わたしがあなたに『あなたの子よ』といえば、
この子は『あなたの子』になるんだわ」
「ぶっっ」

吹き出した俊の顔の前で手をひらひらと振って付け加える。

「……やだ、例え話よ〜〜〜!! ……そんなことするわけないでしょ」

……ひそかに安心。

「こんなに、長い時間……もう、8ヶ月かあ。つらいときもあったけど、やっぱり、すごく嬉しい」

お腹の上の俊の手を持ち上げて軽く唇をあてる蘭世。

「だって、四六時中。あなたと、そしてわたしの中のあなたと一緒にいられたんだもんね」
「え」
「女って、好きなひとをとりこんでしまえるんだわ。ある意味。
あなたが蒔いた種が、わたしの中で芽吹いて」

…………。
やっぱりこいつにはかなわない。そんな気がする。
その相手は。
にこにこと微笑を絶やさずに、自分のお腹を指差す。

「ふたりがまざりあった、ひとりがここにいる。……素敵じゃない?」
「…………」
「あーあ、男の人ってもったいないわよね。こんな気持ちが味わえないなんて。
いいわよう〜。妊娠♪」
「……かもな」

俊はゆっくりと注意深く、その中の『自分』ごと、蘭世を抱きしめた。





再び時は流れて。
扉の前で悶々とたたずむ俊がいた。

おいっ。まだかよっっ! なんともねえなら早く出て来い!
あ、いや、急ぎすぎるなよ……。無理すんな、ゆっくりでいいから……
…………だああああっ! やっぱり急げ〜〜〜!

その時。扉の向こうで、元気な、……元気すぎるほどの産声が、
この世界で初めての存在主張をした。

「……あ」

ご対面。
それは自分と同じ種族に属すると思えないほど、小さくて頼りなさげで。
おそるおそる抱き上げてみる。くにゃりと、ぽわんと、やわらかくて、
なんだかあのときの蘭世の頬を思い出させた。

「……はは……」

なんだか笑いがとまらない。
ほんとうにいた、自分の、子供。


その後その子供は、俊と同じくらい蘭世を愛した者の名をなぞらえて名づけられ
二人の深い愛情と慈しみの中で時をすごし健やかに成長するが、
自分と同じくらい、愛情を独り占めしたい甘えん坊将軍に育った彼が
自分と、昼夜を問わずの攻防戦を繰り広げることになることは
まだ、このときの俊は知る由もない。