俊が部屋から出るのと入れ違いに、風呂あがりの蘭世が自分の部屋に入ろうとしていた。

「……あ」
「あ、真壁くん」

タオルドライをしながらにこにこと話す。

「ごめんね、こんな格好で。もう寝てると思ってて……。おやすみなさい♪」

ほんのりピンク色を帯びた肌と濡れた髪。
洗ったばかりの髪からシャンプーの香りがふわりと漂う。

「……ああ……おやすみ」

ぱたん。静かにドアを閉め蘭世は部屋へと入っていった。




…………。
眠れない。

いつもは、俊が居間にいることを想定して、風呂に入った後でもちゃんと衣服を身に着けていたから
蘭世のパジャマ姿を見たのは今日が初めてで。
あれから二時間ほど経ってしまった今でもそれが頭をちらついていた。
正確には、簡単に解けそうな封印と、まだ知らぬその先に待つものの甘い誘惑。
心の中の、理性と感情のバランスが少しずつ崩れていく。

「…………っ」

俊はベッドを静かに降りる。




深夜。案外音が響く部屋のドアを注意深く開き、するりと身体を滑り込ませる。
小玉だけ点けたスタンドの薄明かりを頼りに、ゆっくりとピンク色のカバーのかかったベッドに向かう。
呼吸さえもやけに大きく聞こえる気がして、
思わず手で自分の口を塞ぐ。高鳴る心臓の音。

「…………」

ゆっくりと掛布団をめくる。割と健康的な足の指。
それをつまんで少し持ち上げると、裾が持ち上がって
膝まで露わになったもう片方の脚。
触れてみると、思っていた以上の滑らかさで俊の指を迎えた。

「…………ん」

不意に蘭世が寝返りをうつ。
反射的に1メートルほどあとずさる。

「…………」

ドキドキしながら待つこと3分。
そっと覗きこむと、曲げた腕を額に乗せ仰向けになった蘭世。
その半開きの唇にゆっくりと唇を重ねた。

今なら。
今ならまだ、間に合う。
何事もなかったかのように部屋に戻れば普段どおりの生活がやってくる。
けれど。
一度籠から放してしまった鳥は空へと羽ばたき、再びその動きを封じることは困難。

ゆっくりと、俊は舌を蘭世のそれに絡めていく。
端まで味わい唇を解放。掛布団をよけ、パジャマのボタンに手をかけた。
その瞬間。

「…………ん……? ま……かべくん……?」
「!!」

寝ぼけまなこの蘭世が、侵入者に呼びかける。
俊の顔から血の気が引き、すべての動きがそのままの姿勢で止まる。

「……どうしたの? 眠れない?」

ゆったりと微笑む。疑いなど微塵もない瞳。

「…………」
「……あ、やだ。寝相悪いね、わたし」

エヘヘ、と蘭世は起き上がり、ベッドに腰掛ける。
スタンドの明かりを強めて俊を見上げる。

「ふふ。眠くなるまでお話でもする?」

ぽん、とベッドに手をのせ、座って、の仕草。

「…………」
「? 真壁くん?」
「……そんな、無邪気な目で、おれを見るな」
「!?」

俊は蘭世の肩をベッドに押さえこみ、唇を重ねた。
蘭世の声を封じ、強く吸う。絡める舌の動きに体中の力が抜けていく。
心までも吸い取られそう。ゆるい束縛。甘い誘惑。

「ん…………」

と、蘭世が俊の背に腕を回そうとした瞬間、がばっと俊が起き上がった。

「え」
「〜〜〜〜〜〜〜っっ」

今ひとつ現実に心を引き戻せない蘭世。
真っ赤な顔の俊は猛ダッシュでドアに向かう。

「……今、猛烈に眠くなった! 眠くなったから……おやすみっっ!!」

深夜なのに勢いよくドアを閉め自分の部屋へと逃げていく。

「…………?? おやすみ、なさい……」

ちょっと残念……。
……でも、ほんと真壁くん、こんな夜中にどうしたんだろ?
なんか、用事でもあったのかな?
…………。
ま、いっか……。
エヘヘ。唇を指で軽く撫で、再び蘭世は眠りにつく。

俊は俊で、当然眠れるはずないことはご承知のとおり。
無理矢理押さえ込まれた鳥はそれでもばたばたと羽ばたきを続け朝を迎える……。