「いいお湯だったねっっ! 女湯、すっごく広かったよ〜
夜になったら入れ替えなんだよね? 男湯と。絶対入ってこようっと」
「そうだな」

宿のロゴマークが一面にプリントされたごわごわの浴衣。そんなものでも
それなりにいい感じに着こなす自分の妻をぼうっと眺めている俊。
そう。いつぞや温泉に来たときとは違い、チェックインの署名が「真壁俊・妻 蘭世」。
あわただしかった新婚旅行……あれじゃあんまりだと、改めての旅行。
あんまり気合いれずにゆっくりしようね。そんな理由で選んだ熱海。
その宿の一室に二人はいた。

「そうそう。脱衣所にマッサージチェアがあったんだけどね……」
「ああ、男湯にもあった。3台」
「でしょ? こっちは1台だったんだけど、使いたくて待ってたのに
あとから上がってきたおばさんがすいっと座っちゃってね〜」
「で、負けて帰ってきたわけか」
「うん……。マッサージやさん頼んじゃおうかなあ。贅沢かなあ?」
「いや、贅沢じゃないけど……多分おれのほうが上手い。
ちょっとそのへんに転がってみな」
「へ?」

言われるままにうつぶせになる蘭世。それにまたがり俊はまず両肩をほぐしていく。

「ひゃ……。やだ、いいってば」
「何で」
「何でって……疲れてるでしょ?」
「別に」
「……そう……? う、うまいね……」
「スポーツマンだからな」
「ぶっっ」

強すぎず、弱すぎずの力加減が絶妙。ゆっくりと背骨の両側を下りていき腰を押す。
こき。……あ、骨が鳴った……。

「身体がなまってるのかなあ……今日なんて疲れるほど歩いてもいないのに。
足もパンパンでしょ?」

ふくらはぎを親指の腹でぐりぐりと押す。ちょっと強めの力加減。

「……いや……うまそう」
「え」

俊は、蘭世の浴衣の裾をめくり、腿にかぷっと噛み付いた。
さわさわさわ。さっきまでマッサージャーだった手が
急にいかがわしい動きになり、触るか触らないかの微妙な位置を保ったまま
ゆっくりと脚のあいだに滑りこんでいく。

「ひゃ……」
「うん?」

反射的にそこに伸ばしてしまった腕をやさしく掴み、腿からふくらはぎに
唇をあてていく俊。
そっか……蘭世はくすくす笑う。

「ん……。新婚……旅行、だしね……」
「だろ?」

帯の結び目をしゅるりと解いたのを確認し、蘭世は身体を半回転させ目を閉じた。
俊は浴衣の合わせ目に手をかけ、ゆっくりと開く。

「…………」
「エヘヘ。ちょっとがんばってみた……」

初めて見る下着。レース使いが上品で、でも隠れている部分はいつもより少なくて。
色も、おとといのピンクとは違った意味で俊を誘う。

「……すぐ脱がすけどな」
「あはは」
「でも、合格」

指を背にすべりこませ、ホックをはずす。肩ひもはそのまま、たくし上げてこぼれた房に吸い付く。
触発され、いつもより情熱的な舌の動きに蘭世が反応しはじめ
俊の髪を撫でる動きが止まりそうになったその瞬間。

『きたのぉ〜〜〜♪ さかばとおりにはぁ〜〜〜♪』

大音響。……畳に転がっているせいで余計に。

「〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!」

がばっっ!! 俊はうずめていた顔を起こす。

そうなのだ。
この部屋に入った瞬間から、うるさかった、酔っ払いの客。
フロントでチェックインのときも後ろからのぞきこんでひやかし、
一階から二階への短いエレベーター移動のときもひやかし。
そのときちらりと見たとき、そいつらが入って行ったのは、
ちょうどこの部屋の真下にあたる箇所の部屋。……宴会場……。
カラオケ三昧・よた話。時期的に新年会シーズンなのは判るが……

「くそ…………」

俊は電話機に走り、フロントへの番号をプッシュする。

『申し訳ありません……少々お待ちくださいませ』

別にホテル側が悪いわけではないが、マニュアル通りに謝る声が
蘭世にも聞こえてくる。

しばらくして。
ほんの少し、静かになった階下。
すっかり気をよくして俊は再び蘭世の肌に吸い付いていく。
温泉効果……なめらかな動きの指先。
この日のために用意した例の下着を分け入り、十分に自分の舌と蘭世の蜜で
濡れたのを確認し、俊はさっそく自分のものをそこにあてがった。
先っちょが触れただけで、もう体中に震えが走ってしまう蘭世。
……よし……。

その時、再び謎のBGMが響く。

『さらば〜〜〜〜〜ァ♪ す〜〜〜ばるよぉ〜〜〜♪』

ぶちっっ。
漫画のような音が頭に響いた気がした。

「………………」

イライライライライラ。

「あ……はは……うる、さいね……」

急に我に返って、自分の姿が恥ずかしくなり、さりげなく腕を胸に回す蘭世。

「……あ」
「エヘヘ……わ、わたし、もいっかいお風呂はいってこよっかな……」

崩れた浴衣を直し、転がっている帯に手をかける。
がっっ! その手を掴んでおしとどめ、俊はまっすぐ蘭世の目を見て言った。

「3分……。いや、30秒、待て」
「へ?」
「いいな!?」
「う…………」

あまりの迫力に、こくこくこく、と頷くしかできない。
その頭の動きを確認するかしないかのうちに、俊は部屋から猛ダッシュしていた。

「…………」

取り残されて、蘭世は再びペタンと畳に横になった。
どうしたんだろ……。トイレかなあ……。
……あれ、下、静かになった……。

その瞬間、テレポートしてきた俊が蘭世にまたがった。

「ひゃあ!? びっくりしたっっ!!」
「…………」

ぜーはー。ぜーはー。肩で息をする俊。

「ど……どう、したの??」
「……沈めてきた」
「え?」
「なんでもねえ」

仕切り直し。俊は、自分の言いつけを守り、軽く合わせてあっただけの浴衣を
勢いよく剥いで、体中にキスの雨を降らせた。

           
また、つまらぬ魔力をつかってしまった……
なんつって。
まあ、6時間後に起きるようにセットしてきたから、明日チェックアウト
するにしても大丈夫だろう。多分。
と、自分の手とほんのり紅い蘭世の顔を眺めながら、
宴会場の見知らぬ人たちのことを一瞬だけ思ったが、
あまり罪悪感は感じないまま、目の前の誘惑にのめりこんで行く……。