カン……カン……カン…………
不規則な歩調の足音が真夜中のアパートの階段に響く
久しぶりに旧ボクシング部の面々で集まり、飲んだ帰り道
足腰の立たなくなってしまった蘭世を背負い、俊は自分のアパートへと帰ってきたのであった
「おい江藤、ついたぞ」
「ん〜〜〜……」
鍵を開け、自分の背中にぺったりくっついている泥酔状態の蘭世に声を掛ける
……多分、自力じゃ動けないだろうし、とりあえず靴を脱がすか……
と、片手を蘭世のつま先に伸ばした瞬間
「……あああああ♪ 真壁くんちだあ♪」
何がそんなに嬉しいのか、突如蘭世は、俊におぶさったまま両手両足をばたばたさせる
「……え、おい! 暴れるなって……うわっっ」
いつもだったらものともしない筈なのだが、ほろ酔い気味の俊はそれを支えきれず
蘭世を背負ったまま勢いよく玄関に倒れこんでしまった
「……ってぇ……。 おい、江藤、大丈夫か!?」
「だい、じょう、ぶ♪」
むっくりと起き上がり、ピースサインを出し笑っている
「えへへへへ〜〜〜」
……頭は打っていないと思いたいが
「と、とりあえず靴脱ぐか……ちょっと待ってろ」
「靴は、いいのぅ〜。あ、そうだ! 真壁くん、王様ゲームしよう!」
「……は?」
唐突な酔っぱらい……じゃなかった
蘭世の提案に、靴紐にかけていた手をとめ、思わず振り返る
「お・う・さ・ま・ゲーム♪」
「いやそれは判ったけど……二人で王様ゲームっておまえ」
そういえば、隣の個室では、おそらくコンパ中だったのか
王様ゲームらしき歓声で大分盛り上がっていたが……
「だっていま二人しか居ないしぃ〜。んじゃ〜わたしが王様ね♪」
「“んじゃ”って、なんでお前が王様なんだよ。……ていうかホントにやるのかよ」
「だって真壁くんボクサーでしょ?」
「はぁ? 意味わかんね……」
俊の言葉を遮り、蘭世がにこにこと続ける
「はいはいは〜い、いきま〜す♪
まず、真壁くんが〜王様に〜水を汲んでもってくる〜〜♪」
「……おまえ……水が欲しいんだったら、最初からそう言えって」
「んふふふふ〜〜〜」
俊は冷蔵庫からミネラルウオーターを出し、グラスに注ぎ渡す
「氷ないけど、いいよな」
「全然大丈夫!ありがとうvv …………おいしい〜〜♪」
相変わらずいい飲みっぷりで飲み干し満面の笑みをたたえる
ほっぺがほんのり赤く、やっぱりかわいらしくて、心なしか俊の顔の筋肉も緩んでしまう
「……じゃ、次はねぇ……」
「……って、まだやるのかよ!」
「当然よぅ〜♪ えっとね次はね〜……。王様が、真壁くんに、キスをするvv」
ゆらり
危なげな歩き方で俊の前に歩み寄り腰掛け、しがみつくように抱きつき、唇を合わせた
いつもより心もちしっとりとした舌が俊の舌を散歩する
強気な発言の割にたどたどしいその動きが、却って俊を刺激する
「…………」
「……ふふ」
いたずらっぽく笑い、蘭世は俊の胸に顔をうずめた
髪を撫でると、上目遣いでこちらを見上げる
その顔が一番弱いというのに
「……江藤……」
「えへへへ。次は、王様が真壁くんに噛み付いちゃいま〜す♪」
言うが早いか、蘭世は俊の首筋に食いついた
実はウイークポイントのそこを、かぷかぷと、妙なリズムにのって甘噛みする
「や……やめろって」
半ば無理矢理顔を引き離す
やっぱりにやにや笑っている蘭世
……こいつ……絶対判ってねえ
「う〜ん、駄目かあ……じゃあ、次はねえ……」
「次って……」
このノリで最後までいく気かよ、と
言いかけた俊の唇を指で押さえ、ニコニコと言い放った
「王様が〜、真壁くんと〜、野球拳!!」
…………は?
「……っておい! 今までのはなんだったんだよ!?」
人をその気にさせといて……
「文句言わないの〜〜〜。んもう、とりあえず真壁くん一枚脱いで!」
と、俊の羽織っていたシャツに手をかけ、後ろ手にし、両肩だけ出して手を離す
「とりあえずって何だよ……って、なんでこんな中途半端な脱がせ方……」
と、俊は袖口のボタンを外し腕を抜く
不器用さも手伝い、もつれながらのその作業を眺めながら
陽気にあのテーマを歌い続ける蘭世
「……よよいのよ〜い♪ あ〜あ、真壁くんてば、後出しだぁ〜
はい、このTシャツも脱いでね」
「ちょっと待て!! 後出しって……くそっ」
それでも律儀に(?)Tシャツを脱ぎ、流石にテーマを一緒になって歌いはしないが
次に出す手を考える俊
と・こ・ろ・が
なぜかことごとく負けてしまい、蘭世の上着に手をかけることすらできないまま
自分が残り一枚になってしまった
「〜〜〜〜〜〜〜っっ」
何だこの展開は!?
普段、あまりじゃんけんなんかしねえけど
なんでこいつこんなに強いんだ?
…………じゃなくて!
帰ってから今まで、途中にちょっといい感じな場面がなかったか??
じとっ
そんな思いをこめて蘭世の顔を見る
「なによぅ〜その目〜またわたしの心読もうとしてるんでしょう〜
もう、そこになおれ!!」
ビシッ と床を指差す蘭世。完全に目が座っている
「……は?」
「“なおれ”って言ったらなおれ! そこに正座せいぃ!」
…………今度は時代劇かよ…………
俊はとほほな溜息をつき、言うとおり座りなおす
「……っと」
これは危ねえかな
座りなおすついでに、足元に転がっていたグラスに気づき
シンクへと魔力で移動させた
突如
「んもう〜〜〜! わたしの言ったこと全然判ってない〜〜〜!!」
「!?」
握りこぶしを作り、ぶんぶんぶん、と首を振る蘭世
「な、なん……」
「むやみに魔力はつかっちゃダメよってちっちゃい頃、おねえちゃん教えたでしょ?
悪い人たちにつかまっちゃうから、って!!」
「…………いつの話だよ!」
「だから、ちっちゃい頃よ! “俊くん、メッ!”って、あの頃ちゃんと叱ったのに!」
「〜〜〜〜〜〜っ」
あの頃って……おねえちゃんって……
話が飛びすぎだろう……帰ってきてくれ〜〜〜……
「グラスも手でちゃんと片付けてあげなきゃいけません!
人の心も無闇に読もうとしちゃいけません! メッ!」
「いや、別に今は読もうとしたわけじゃ……」
「口答えしない! 足も崩さない!」
「いてっ」
ぴしゃっと蘭世がひざ小僧を叩き、真正面に正座して続ける
「だいたい、俊くんはねぇ…………」
秋の夜長
俊のアパートの玄関は説教部屋となり、一晩中「俊くん」は
蘭世の、つもりつもった(些細な)不満を延々と聞かされることになったのであった