「え、あ、うわあ〜〜〜〜♪」
「声でかいって」



『今週末の日曜は迎えに行くから』
そんな約束をしたのは3日前のこと

迎えに来てくれるなんて久しぶりだな、と
それだけでもルンルン気分だったというのに
チャイムに呼ばれ扉を開けたら、それは当然のようにそこにいた

「車だぁ♪」

道の端に停められた、初心者マークのぴっちり貼られた車と俊とを交互に眺めながら
車体をにこにこ撫でる蘭世

「ね、ね、もしかして今日は、これでおでかけ?」
「…まあな」
「ワーイ、やったぁ♪」
「…ほれ、乗れよ」

ちょっとだけほころんだ顔を隠しながら
俊は助手席のドアを開けた

「そういえば、買う買うって言ってたもんね〜…今日、納車だったんだぁ」
「中古だけどな」
「いや〜ん、でもすごい♪ 真壁くん、運転慣れてるねぇ♪ スイスイ走ってる〜」 
「オートマ車だしな」
「もう〜〜、そんな言い方ばっかり…
で、どこ行くの?? 私、真壁くんちでゴハン食べながら
ビデオでも観ようかなって思ってたぐらいだから
全っ然考えてなかったよ〜」
「…紅葉でも見にいくか。ちょっと早えかもしんねぇけど」
「わ♪ いいねっ」

そういって二人が向かったのは、とある公園の散策路
路の両端には、様々な木々がところ狭しと立ち並び、春には桜、秋には紅葉・公孫樹と
それぞれのシーズンには、遠方からも人が押し寄せる隠れた名所なのであった

「やっぱりまだ早かったな」
「う〜ん…でも、充分キレイよ。人も混んでなくて歩きやすいし」
「そっか」

ほんのりと色づき始めた木々たちが、枝で葉で外界の音を遮断しているのか
静寂のなか、二人が玉砂利を踏む音と、遠くを流れる小川のせせらぎだけが響く

「なんか、久しぶりに自然に触れた、って感じ」
「そうだな」
「車のおでかけも、すごく嬉しいなっ。行動範囲も広がるね〜♪
…って、私は隣に乗ってるだけだから、なんだか申し訳ないけど…」
「…おまえの運転する車に乗るよりは安全だろうから、大人しく乗っててもらったほうがいいな」
「ひどーい! …でも、私も我ながらそう思う…」
「…まあ、二台車持っても仕方ねえだろ。ところで、他に行きたいところあるか?」
「えっ、あ、うーんと……海とか…」
「ベタだな、おい」

再び車を滑らせ、二人が海についた頃には、すでに日が暮れようとしていた
潮風がひんやりと心地良い浜辺に並んで腰を下ろす

「…大分日が落ちるのが早くなったな」
「あ、そうね…ちょっと前まではこのくらいの時間ならまだ明るかったのに」
「もうちょっと早く出かければよかったな」
「ううん…」

寄せては返す波の音が
静かに心に響いてくる

「……寒くないか?」
「えっ……。あ、うん、全然平気!」
「……」

ぐい
少し乱暴に俊は蘭世の肩に手を回し引き寄せる
単に、もたれかかるような姿勢ですら、こんな場所だと妙にロマンチックに思えてしまい、蘭世は慌てて喋りまくる

「え…えっと、真壁くんってば、運転うまいよね!
教習所とかと違って、普通の道だとやっぱり怖くない?」
「…そりゃ、まあ…」
「全然、初心者には見えなかったよ〜
ここに来る途中でも、結構入り組んだ道もあったのに、スイスイスイ〜、って」
「そうか? 多分、普通だと思うけど」
「え、そ、そうかなぁ…えっと…」
「……」
「…あの…」

いつの間にか昇っていた月が
ひとつに重なった二人の影を照らし出す
波が寄せては返し、また寄せて、四度めの波が返るまで

「……ん」

唇を解放し、前髪をすくいあげて、額に軽くキス
痛いくらいにぎゅっと抱きすくめ、あたりは誰もいないというのに耳元で小さく囁く

「……これ以上は…安全運転できなくなりそうだから、帰ってからな」
「!! 〜〜もう〜〜〜!!」

浜辺を離れてみても、おさまらないドキドキ
窓から流れる景色を眺めてみてもあまり効果はなくて
むしろ硝子に映った俊の顔に視線が集中してしまう
二人並んで歩いていても、話すときは視線を合わせるから
横顔って案外見ないものだなとぼんやりと思ったりする

「……ふふ」
「? …なんだよ」
「ううん…。真剣な顔もカッコイイなと思って」
「なんだそりゃ」

苦笑まじりに微笑む俊
ひとまわりしたCDを取り替えようとするのを蘭世は制止する

「もう、助手席に座ってるんだから、私がやります〜!」
「…いや、車混んでるし別にこれくらい…」
「い・い・の! CD、どれでもいい?」
「ああ…じゃあ、こいつ」

俊の指差すCDをセットして
ちょっとだけ満足げに微笑む

「…でも、ホント混んできちゃったね。みんなこっち方面に向かってるんだ」
「そうだな。……あまりに混んでるから…」
「?」
「こんなこともできちまう」

そう言って俊は、空いている左手の指を蘭世の右手に絡ませる

「〜〜〜!! あ、安全運転はどうしたの〜〜!!」
「オートマ車だから大丈夫だって」
「もう〜〜」

やっとドキドキがおさまったところだったのに…
またもやうるさく鳴り響く心臓の音
それを隠すように蘭世は、他愛もないことをますますまくしたてるというのに
まったくもって余裕の表情の俊がなんだかくやしい
もう、発想の転換よ、転換!
蘭世は、自分で自分に言い聞かせてみる

「そ、そういえば真壁くん。始めに行った公園…
あんな素敵なところ、よく知ってたね〜。隠れた名所! って感じじゃない?」
「………」
「? ……あ」

心なしか赤くなった俊の頬を見て蘭世は、いつだったか、俊の部屋に散乱していた数冊の情報誌を思い出していた
…テレビ番組欄に用があったんだって言ってたけど、あれって、もしかして…

「バ、バカ、調べてなんかねえって! ジムの先輩の…秋元さんに教わったんだよ!」
「……」

…『ジムの先輩の秋元さん』は、ずっと前にアメリカへ遠征しちゃったって言ってたのに?

「〜〜〜〜〜〜」
「エヘヘ…。次は私がルート考えるね♪」

蘭世は俊の指と絡めた指にきゅっと力を込めた