「もうっ! 折角買ったのに全ッ然意味ないじゃない!!」

とあるアパートの一室で久しぶりの金切り声が響く




ことの発端は、先月頭のデートでのこと
映画を観て、食事をして……その帰り道に二人はとうとう携帯電話を買ったのだった
お互いの電話番号を、お互い真っ先に登録して、同じ着信音を設定し、おそろいのストラップもつけ……

蘭世はあの日以降、暇さえあれば液晶画面とにらめっこする日々
それは例えば「おはよう」とか「今なにしてる?」とか
他愛もない挨拶程度だったかもしれないが
フツーの恋人同士が離れていたら
フツーそれくらいやりとりするだろう
というようなメールを、蘭世は毎日送り続けた
新しいボタンの感触も嬉しかったし、フツーの恋人同士っぽさを味わいたかったから
けれど

初日はもちろん、今の今まで俊からの返信はなかった
勿論その間、二人顔を合わせた時間があったわけでもない

「……ていうか、おれだってそんな、携帯ばっかちゃらちゃらいじってられるほど暇じゃねえんだよ」

面倒くさそうに応える俊

「〜〜だから! いつもいつも携帯チェックしてなんて言ってないじゃない!
ちょっとくらい時間が空くときだってあった筈でしょう?」 
「……別に、メールじゃなくたって、電話するか、会ったときに話せば済む話だろ?」
「電話って! こないだ掛けたときも、その前も、電源入れてなかったじゃない!!
それに……っっ」

ぶわっ
大粒の涙が溢れ出す

「会いたいときに必ず会えるわけじゃないから買ったのに!」

ううん、それ以前にわたしは本当は
いつもいつも真壁くんと一緒にいたいのに
そんなのって、わたしだけなの?

「おい、江藤……」
「わかってるわよ、真壁くんが忙しいこと
トレーニングで疲れてて、ホントはそれどころじゃないこと
わたしだって、真壁くんのボクシング好きだから、頑張って欲しいし、邪魔したくもないよ!?」
「…………」

そんな気遣いをさせていることぐらい
俊にだって判りきっている

「でも……でも、ほんのちょっとだけでもいいから、わたしのこともたまには見てほしいなって思うのはそんなに贅沢なことなの!? わたしおかしいこと言ってる?」

止まらない涙がぱたぱたと
うつむいた瞳からプリーツスカートに落ち、染みをつくる

「それとも……それとも、わたしのこと嫌いになっちゃったの……?」
「江藤……」
「そうなんでしょ? あまりにしつこくメールしたり電話掛けたり……
それが面倒だから電源切ったんでしょ?
だから、会わなくても、会ってない時にわたしが何してるか知らなくても平気なんでしょ!?」
「ちょ、ちょっとま……」

腕をつかもうとした俊の手を振りほどき、蘭世は矢継ぎ早に続ける

「それとも他に好きな人ができたの? 相手は誰!? わたしの知らない人?
それとも……神谷さん?……ううん、誰であったとしてもとにかく」
「おまえ、ホントいい加減に……」
「そう、ひとこと言ってくれればわたしだって、だまって身をひくのに!」
「〜〜〜〜〜〜」
「!」

騒々しかったアパートの部屋が静寂に包まれる
なぜなら、ざくざくと自らを傷付けるような言葉を吐き出す唇を
もう一つの唇がふさいだから
久しぶりのキスは、懐かしい味と、涙の味がする

侵入してきた舌はいつものとおり、端から端までゆっくりと辿っていく
いつもと違うのは
頭の奥から背中の辺りを走る甘い疼きに堪えきれず
いつも少しだけ身を引いてしまう蘭世の背を
しっかりと支えて逃がさない俊の腕の位置

「…………っ」

少しずつその身を詰め寄られ、小さく吐息を漏らしながら蘭世は
部屋の壁にもたれかかる格好になり
いつのまにか指を組まれていた両手も壁に押し付けられ、逃れることができない
次々と零れ落ちていた涙もおさまり、目尻に溜まっていたものがすうっと流れ落ちた頃
ようやく俊は蘭世の唇を解放し、無言のまま強く抱きしめる
蘭世もようやく自由になった腕をしがみつくように俊の背に回す

「…………落ち着いたかよ」
「……ん……」

胸に顔をうずめたまま、こくんと頷く

「……真壁くん……」
「うん?」
「わたしは……真壁くんじゃないよ」
「?」

顔を覗き込もうとするのを避けるように
蘭世は背に回した腕に力を込める

「わたしは……そんなに強くないし、心を読むこともできないし」
「…………」
「言われなきゃ判らないことばかりじゃないけど、言って欲しいことも、ある……」

それがどんなに単純なことでも。

「……悪かった」

俊は蘭世の髪をひと房手に取り、軽く口付けた


二人の定時連絡は
その後欠かされることがなかったという