「今日の晩御飯は期待しててね♪」
バイトに向かうため急ぎ足の俊をつかまえ
制服を腕まくりし、自信たっぷりに微笑みながらそう宣言してきた蘭世は
目の前の食材に、ちょっとだけ閉口していた
『注文しておいた鱈が今日届くのよ
きっとおいしいから、真壁くんにも振舞ってあげなさいな』
そんな嬉しい言葉を椎羅から受けたのは今日の朝
本当に新鮮なものはお刺身もおいしくいただけるらしいけれど
そろそろ夜は冷えてきたし、お鍋もいいかな? と
食材のお買い物とあわせ、お鍋特集の料理雑誌まで購入してしまう気合の入れよう
「ふうん……鍋っていっても、いろいろあるのね……」
湯豆腐から、水炊き、常夜鍋等の定番メニューから変り種メニューまで
色とりどりのページをめくりながら、お目当ての、たらちりのページをチェック
多分、買い忘れたものはないと思うけれど……と確認程度の気持ちで開いただけだったのに
ページの一角の記載に、蘭世の視点が釘付けになってしまう
『白子は雄の精巣です』
鍋にしようと思う、と鱈を取りに行きがてら椎羅にそう報告すると
「そうね、それもいいわね
あ、そうそう、こっちはさっとゆがいてポン酢で食べてもおいしいから
鍋と半分こにしてもいいかもしれないわね」
と、別に包んだものを手渡してくれたのが
まさにその、白子
せ……せ……せいそう!?????
……って……人間だと……
瞬時に蘭世の頭の中は、保健の授業で見せられた図柄と
いまだに直視するのが照れてしまう、俊の裸体とで一杯になる
「うわ…………」
今のところ蘭世は、俊に愛されながら、俊に触れることというのはあまりない
そそりたつ竿を口に含んでみるとか、珠を舌で転がしてみるとか
その他諸々の知識は人並みに取得してはいるが
自分から積極的に攻め込むのはやっぱり恥ずかしいというか不安というか
そんな余裕もないというべきか
そして目の前の食材が、イコール(魚の)それ、と思ってしまうと
曲がった方向に考えが進展しつづけ、なんだか(俊の)それに触れてしまうような錯覚に陥ってきてしまい……
そもそも魚を捌くことそれ自体はできないわけじゃないし
もともと椎羅が気を利かせ、身の方は、本格的に挑まなくても済むよう加工してくれていたので
あとは切るだけの状態。けどでも
「〜〜〜どうしよう〜〜〜」
時間だけは容赦なく進んでいく
「お、もうそろそろだな」
ぐつぐつとおいしそうな音を立てる土鍋を眺めながら、心もち俊の顔が緩む
「あ、そうだね〜 食べよっか♪」
炊きたてのご飯をよそった茶碗を運びながら、蘭世も席につく
蓋を開けると、心まで温かくなるような湯気が部屋中に広がる
春菊の緑もあざやかでちょうどいい頃合い
「……いただきます」
「いただきま〜す♪」
何はともあれ、小鉢にひと掬いずつ。昆布のだしがしっかりときいて、文句なしにおいしい
はふはふと、熱い息を漏らしながら、俊は、鍋とは別に皿に盛られたものを指差し言う
「……しかし……こっちは白子だろ? これって確かすげえ高いんだよな……」
椎羅の助言通り、半分は湯通しして食卓に並べたのだった
「あ、おかあさんてば最近、おとりよせ食材に嵌っちゃってて。お値段なんかはよく判らないけど……」
そっか、そうだよね……高いはずだよね……
おさかなさんの、ほんの一部、しかも雄からしかとれないんだし……
「…………うまいな、やっぱり……」
「(……あ、真壁くん、共食いだ……)そ……そう、なんだ……」
「? おまえも食えよ……って、俺が言うのも何だけど」
「そ、そんな!! 私がそれを食べちゃうなんて……!!」
「は?」
「う、あ、え、おっとっと、何でもないのう〜。どんどん食べて! 真壁くん、働き者だし!」
「……なんだそりゃ……。しかし、なんでこんなに一個一個がデカイんだ?」
「……切り刻めなかったのよぅ……。
じゃなくて! そ、そのほうが、より贅沢な感じが出るでしょう!?」
「いや、そりゃそうだけど……。ま、いいか」
「えへへへへ〜〜」
さりげなく鍋ばかり掬う蘭世。それに目ざとく気づき
「おい、おまえそれ、野菜ばっかじゃねえか。その皿よこせ」
と、ひょいひょいひょい、と具をのせていく俊
てんこ盛りになった小鉢の頂点には、例の白子が居座っている
そしてご丁寧に俊は、蘭世の取り皿に、湯通しした白子もででんと載せ
紅葉おろしとポン酢をこれまたいい感じに添えてくれた
「…………」
「? 冷めちまうぜ、食えよ」
「う、うん……」
いつもだったら、その心遣いはすごく嬉しく小躍りしてしまうだろうに
なんだか今日に関しては、自分が白子に、恨めしげに見られているような気になってしまう
『目ノ前ノ野郎ノ ブツ ハ触レモシネエクセニ
俺様ノコトハ食エルッテノカヨ!?』
「いやあああああっっ!!」
「うわっ! ど、どうした!?」
「あ……ご、ごめんなさい……ちょっと……多分、心の声が……」
……私の、じゃなくて白子の、だけど……
「……??……なんか今日は、ずっと変だな」
「え……へへへ、ちょっと、高級食材にどきどきしちゃってるのかなっ」
何も知らず顔中に「?」を貼り付けた俊の疑問を笑ってごまかしつつ
なんとか箸を白子に伸ばすものの、
咀嚼しながら、おのずと蘭世の視線は、
胡座をかいた俊のジーンズのファスナーのあたりへ……