「真壁くん、コーヒー淹れたよ」
「……ん」

卓袱台に、ふたりぶんのカップを運ぶ
ほのかにたちこめる、コーヒーの香り
蘭世はもいちどキッチンへと往復し、自分の分のミルクとおやつを手にして腰掛ける

「クッキーもあるよ」
「うん……」

思いっきり生返事
彼は今、目の前のテレビで繰り広げられているボクシングの試合に夢中なのであった
俊の傾倒しているボクサーの、二度目の防衛戦
自然と手に力が入っているのが見て取れる
けれど、ちょっとだけ、不満もあり

「んも〜〜、コーヒー冷めちゃうよ〜」
「ん……」

まあ、仕方ないかなあ……ゆっくりテレビ観る時間も最近なかったし……

そう、最近俊はずっとバイト漬けで、家に帰ればすぐに寝てしまうような毎日だった
逆にいえば、こうしてふたりでゆったりと過ごす時間も久しぶりのことなのだが



「…………」


う〜ん、コーヒー、ホントに冷めちゃうなあ

「…………」


淹れなおしてこようかなあ、でも、一緒だろうなあ

「…………」

ホント、ボクシングに夢中だもんね……

「…………」

夢中になると、ずっと、こうなのかなあ??




「…………」

ふと
蘭世の脳裏をかすめ、とたんに膨らんでくるイメージ

ふたり結婚して、めでたく子供も生まれて
おうちは、ちょっとした庭がついてる一戸建てで
いつも真壁くんは忙しいから
お休みの日は、子供と日がなキャッチボールしたりして
わたしは、リビングの大きな窓からそれを眺めながら
三人分のおやつをつくって
できあがった頃にもまだふたりはキャッチボールに夢中で
わたしは窓から声をかけるの

『ふたりとも! おやつができたわよ〜! お手々洗ってらっしゃ〜い』

するとふたりは

『やだ〜〜もうちょっと、ぱぱとキャッチボールするう〜』
『おっ、そうだな。もうちょっとやるか!』

って返してきたりするから、わたしはちょっとだけむくれて

『もう〜。あったかいコーヒーとホットミルクが入ってるのにぃ
冷めちゃうわよう〜』

ってさらに返すの
そうしたら

『おまえが淹れてくれたコーヒーなら、冷めてもうまいよ』


……いや〜〜〜〜ん♪♪


自分で自分の、幸せな想像に真っ赤になりながら、ちらりと、相手をのぞき見る

「……………」

相変わらず彼はテレビに夢中
蘭世の想像は、とどまることなく果てしなく続く

……あ、待って待って! 新婚さんってのもいいよね!

朝の目覚ましを一度目のベルで止めて
隣に眠ってる真壁くんを起こさないよう、こっそりベッドから抜け出して
頑張っておいしいご飯を作るんだ
まずお米を研いでジャーにセットして、お味噌汁……おだしは昆布とかつおぶし
沸騰しないよう気をつけながら、わかめと豆腐を刻んでおいて
お魚を焼いて……そうね、さわらの西京焼きなんかいいかな
だしまき卵ふたかけずつと小鉢にお漬けものと、そうそう、納豆も欠かせない
二つ目の目覚ましが鳴っても、当然真壁くんは寝てるから、わたしは優しく起こしに行くの

『あ・な・た♪ お味噌汁が冷めちゃうわよ〜』
『……ん……』」
『ね、起きて起きて♪ 今朝のお味噌汁はとってもいい出来なのよ♪ 冷めないうちに』

そしたら真壁くんはもそもそベッドの中からわたしの手を引き寄せて

『おまえが作ってくれた味噌汁なら、冷めてもうまいよ』
『あ! もう、駄目だってば〜〜〜〜ごはん〜〜』

ちょっとだけベッドでいちゃいちゃしちゃったりなんかして…………

……うひゃあああああああん♪♪

その瞬間、テレビに夢中だったはずの彼が、ぶふっと吹き出す

「〜〜〜ああああっ! 今、わたしの考え読んでたでしょう!!」
「おまえがあんまり大きな声で考えるから、聞こえちまうんだよ!」
「もう〜〜〜〜〜〜!」

くすくすくす
こみ上げる笑みを堪えながら、俊はすっと立ち上がり、座っている蘭世のすぐ後ろに移動し、腰をおろす

「へ?」
「…………よ、っと」

蘭世を抱きしめる格好のまま、卓袱台で待っているコーヒーに手を伸ばし、ゆっくりとそれを飲む
うわああああああ
…………と、口に出すこともできず蘭世が口をぱくぱくさせているところに、とどめのひとこと

「『おまえが淹れてくれたコーヒーなら、冷めてもうまいよ』……だっけ?」
「〜〜〜〜〜〜!!」

思わず振り返る蘭世
その肩に手を添え、俊はその唇と唇を重ねる
重なる鼓動を五つ数えて一度唇を離し、手にしたコーヒーを口に含み、もう一度

「…………な」
「……う……ん……」

確かに、そのコーヒーは冷めてもおいしくて
砂糖もミルクも入っていないのに、どこか甘くて
あったかいコーヒーに、やすやすと砂糖が溶けていくように
蘭世の心もすこしずつ溶けていきそうで

「…………で、次は……」
「……?」
「 『布団のなかでいちゃいちゃ』だっけ?」
「〜〜〜〜〜!! そそそそそれは違う場面のことですっ!」

緩やかにうっとりと閉じかけていた蘭世の目が、一気に醒める

「ふうん…………?」
「…………っっ」

ちらりと、俊は蘭世の目を覗き込む

「……ま、細かいことは気にしなくていいか」
「〜〜〜〜!!」



久しぶりのふたりの時間に、乾杯