「……ふう」
自分と似た男の、痛々しい傷が残る肩を癒しながら、俊は溜め息をついた
我ながらさっきは突っ走り過ぎてしまった
そんな思いに駆られながら、自虐的に





去り際に吐き捨てられた挑戦的な台詞を聞きながら、俊は蘭世を抱く腕に力を込めた
悪しき者の存在感が完全に消えるのを見計らい、ゆっくりと問い掛ける

「……平気か?」
「……ん……。真壁くんは?」

幾千年分もの闇とやらに少しずつ目が慣れてきたとはいえ、まだよく見えず確認することはできないが、多分その顔を少し上げ、蘭世は応える

「……おれは、大丈夫だ」
「よかった……」

ほっと胸をなでおろす様子が想像できる
それは俊も同様だったが、いくばかりか彼の方が冷静だったことが先立ち
素朴な疑問が口をついて出る

「……そういえば、なんでおまえ、ここに来てたんだ?」
「……あ………」
「……え」

冥王にさらわれてきたの
本当のところは、そんな答えが当然返ってくると思っていた
しかし今、蘭世の思考のなかに浮かんできたのは、今の自分と同じように細い体を抱く男の姿

「……カルロ……?」
「……あっっ!! そ、そうなの!! わたし、カルロ様を崖においてきちゃって……」

普段だったら恥ずかしそうに抗議するであろう、思考を読んだこと
それに気づく素振りすら見せず蘭世は、自分とは別の、その男の状況を慌てふためきながら懸念する

「……ど、どうしよう、真壁くん…っっ」
「……どうしようって……。大体、なんでカルロまでこのへんにいるんだよ」
「……あ……そ、そうか……。えっとね、わたし、あのあとカルロ様にさらわれちゃって……」
「!?」

今いる場所が、顔色が変わったのを悟られない闇の中でよかったと思ったのは
もうしばらく経ってからのこと

「気が付いたら船に乗っていて……。多分、カルロ様を狙ってのことだと思うのだけど、その船が襲撃されて……」

そう話す蘭世の声が俊には少しずつ遠くなっていく
その代わり
指先に絡みつく濡れた髪や
ぺっとりと貼り付く濡れた衣服や
局部的に素肌が触れ合う腕と腕
そんな直接触れることのできてしまう要素が手伝って、心の奥に妙な感覚が次々と沸きあがってくる

「……で、わたしはいまここに……」
「江藤」
「え?」
「……おまえ、大丈夫だったのか?」
「あ、うん♪ 全然大丈夫よv ホラ♪ ……って、見えないか」

“大丈夫” にわざとアクセントをおき、尋ねた
そんな彼の意図も汲み取ることなく蘭世は素直に応える
いつもはそんな裏表のなさが、心地よく安心できたりもするのだが
今の、自らの感情に囚われた俊には
そんな、ある意味でいう鈍さが、ひどく苦痛に思えた

「……そういう、意味じゃねえ……」
「……へ?」
「……どうしたんだ? こっちの袖」

と、俊は蘭世の左腕をとる
闇に取り込まれる前の闘いのさなか一瞬見た記憶のなかでは、肩から袖にかけての部分は、強引に引き裂かれたかのようになくなっていて
白く細い腕が寒そうに覗いていた
そしてそれ以前に、別れ際、身に付けていた衣服とは明らかに趣味が異なる衣服
『すぐ着替える』その意図とは明らかに用途が異なる衣服
それは誰から、どうして、どういった過程で受け取ったのか……

「え、あ、あの……。ああっ!! カルロ様、ひどい怪我してるの!」

蘭世としては、自分の身に付けている衣服の片袖がない理由を想起し
その過程で、その片袖を何に利用したか = カルロの怪我 に思い至り
純粋にそう口にしてしまっただけ
しかし
疑念、焦燥、その他雑多な感情に駆られ、表面上の冷静さすらも取り戻せないでいる今の彼は、言葉上の意味にだけ反応してしまう

「はやく行ってあげなくちゃ……」

何を尋ねても、他の男の心配へと至ってしまう言葉に助長され、名前のつけられない感情は胸の中を這い回る
今自分を取り巻く闇と同じくらいに、どす黒い煙をあげながら

「……真壁くん?」

反応のなくなってしまった俊の頬を
手探りで探し当て、蘭世は問い掛けようとする
……どうしたの?
しかしその言葉は発せられることなく、時を滑り降りていく

「…………っ」

別れ際の、不意打ちの、でもどこか優しいキスとは全く異なり
喰らいつくような貪るような唇と舌
留めた息が苦しくなるほどに口腔内をかきまわしながら
俊の腕は蘭世の露わになった左腕を掴み上げる

「……いう……とを……」
「……え?」
「……こういうことを、あいつにされたのかって聞いてんだよ」
「え!? ……やっ……っっ!!」

息を整えるのに必死な蘭世に追い討ちをかけるように、俊はその細い二の腕に唇を当て、強く吸った

「〜〜〜〜ま……かべ……くん………っっ!」

腕を拘束しながら、空いているもう一方の手で柔らかい胸を揉みしだく
夢の中では、何度も何度も触れ、舌を這わせ、犯したその細い体
現実のそれは、想像をはるかに凌駕していて、体中が震えるほどの興奮に陥る

一方、そんな痛いほどの愛撫を受けながら蘭世は、ようやく俊の言葉の意味するところを理解していた
……違う!! そんな筈、あるわけない!!
そう言いたいのに、言えなくて、言葉のかわりに涙が溢れ頬を伝う
そしてその涙は、暴走する俊の頬に触れ、冷却材となってその動きを留める

「…………あ……」
「……っっ」

闇の中で、見られることはないはずの涙を手で隠す蘭世
ほんの少し静けさを取り戻し隙間の空いた俊の心には、蘭世の記憶が流れ込んでくる
攫われたときの状況
眠りから目覚めたときの状況
その後の穏やかなやりとりと奥に秘めた強さを前面に出した言葉
そしてここに辿り着くまで

乱れた衣服を正してやりながら俊はぼそりと口にする

「……わ……悪かった…」
「…ん……。わたしこそ、鈍くてごめんなさい……」

俊のシャツをぎゅっと掴んで、ようやく蘭世は言葉を搾り出す
先刻までの、本能だけに任せた動きとは全く意を異に、できるだけ優しく、でも強く
俊はその肩を抱きしめた
ささくれ立っていた心が穏やかに円く戻っていくのを感じる
そう、あんな問いかけ自体が愚問。焦る必要などどこにもなかったのに

「……カルロのとこ、行くか」
「うん……」

……でも、もうちょっとだけこのままで、いて……

「〜〜〜〜〜〜」

言葉にならない言葉を受け取って
平静を取り戻した筈の心にさざなみが立ち俊は赤面した