「面白かったね〜♪」
「……ああ」

日曜日の昼下がり
朝早くから待ち合わせて、話題の映画を観て、ちょっと小腹がすいたところで遅めのランチ
その後は、街をぶらぶらしたり、ちょっと早めに部屋に戻りまったりしたり……
というコースが、最近の二人の定番で
今はランチをとる場所を探しながらとりあえずさまよっているところ
しばらく歩いたというのに、いまだ興奮冷めやらず映画の感想を語り続ける蘭世に
ある意味感心しながらも
とりとめもなく熱く語るその夢見がちな表情を眺めるのはまんざらでもない俊

「あ〜……あのあともみんなそろって仲良く暮らすのかなあ…
ああいう生活ってすごい楽しそうよねv」
「そうだな」
「そうそう、そういえばかえでちゃんもちょっと前に観にいったんだって
すごい褒めてたなあ……特に、声!
いつもと違って、そう、王子様みたいなさわやかな口調だって!」
「……王子様……」
「そう、王子様♪ あ、でも私にとっては真壁くんが一番だけど♪」
「バーカ。……っと……」

喋りながら適当に曲がった路地の、そこはかとない違和感に気づいたのは
俊の方が先だった
一方、蘭世のほうは、即座に素っ頓狂な声を上げる

「うわああ♪
さっきの映画のお城みたいな建物がいっぱい並んでる〜vv」

ずるっ
そんな昔の漫画のような擬音が俊の脳裏にこだまする
……お城のような……ね……

確かにそう見ようと思えば見えなくもないが……流石に動きはしないが……

「あれ、ここってホテルなのね
ホラ、見て見て真壁くん! お泊りだけじゃなくて、ちょっと休憩なんてのもできるんだって!」

がん!
そんな昔の漫画のような擬音が(以下略)
……だから、手招きしなくていいんだって! そんな大声出すなって!

「全室、ゲーム・カラオケつきだって! それでこのお値段かぁ……
下手なカラオケボックスとかに行くより、よっぽどお得よね〜
それにホテルだったら、おいしいもの食べられそうだし……」

ぼそぼそつぶやきながらほんの少し考えて蘭世は
決定打の一言を邪気のない顔で言い放つ

「ねえねえ真壁くん、ここでちょっと休んでいこっか!」

俊の理性の糸がつながっていたのは、このあたりまでだったかもしれない



「………………」
「あれれ??
……意外に地味なお部屋ね〜」

無言でドアを開ける俊とは対照的に
蘭世はきょろきょろと落ち着かずに、入り込んだ部屋を見渡す

「なんていうか…ベッドがレイアウトの主体、よね……
円いベッドなんて初めて見た〜v おもしろいね〜♪」
「………………」

ぽすん、とベッドに腰をおろす蘭世を、やっぱり無言で見やりながら
俊は備え付けのちんまりとしたソファに腰掛ける

「あ、とりあえず歌っとく?? リモコンどこだろうね…」
「……いいよ別に」
「へ? そう?? あ、もしかして、お腹めちゃくちゃ空いてる??」
「……いや……」
「? 変な真壁くん……
う〜ん、この照明って、これ以上明るくならないのかなあ? 
ちょっと見づらいよねえ……リモコンも見つからないの……」

部屋の灯りは、明度を落とした───別の言い方をすれば、意味ありげな───濃いオレンジ色

「スイッチ……何処だろ……。あ、これかな?」

蘭世は適当に、ベッドフレームについたスイッチをプチプチといじりまくる
その瞬間、ふと、部屋の全ての照明が落ちた

「あれ、消えちゃった……
……って、えええええっっ!?」

ふと横を見やると、普通のバスルームだろうと思われた小部屋の壁はガラス張りで
消えた部屋の証明の替わりにバスルームの照明が点いたせいで
その奥のタイルの合わせ目までもがくっきりはっきりと
ベッドに座った蘭世から見て取れた

「……部屋の照明を落とすと、中が見える仕掛けになってるみてえだな」
「へえ〜♪ おもしろい〜〜〜、すご───い!」

にこにこと、バスルームと俊とを交互に眺めながら蘭世は続ける

「でも、何のためにそんな仕掛けつけてるんだろうね?」
「……何のためって……」

ひとつ深くため息をつき、俊はゆらりと立ち上がる

多分自分の中でいまにも溢れ出しそうに揺れる気持ちには全く気づいていないであろう
無邪気な微笑をたたえた蘭世の横にすとんと腰を落とし
またひとつ、今度は短いため息をついて蘭世の肩を掴み、半ば強引にベッドに組み伏せた

「……え!? ま、ま、ま、真壁くん!?」
「……こういう状況にいきやすいよう、盛り上げるためだろう、色々と」
「え……っっ…んぅ」

何かを言いかける蘭世の唇を、言葉が紡ぎだされる前に塞ぐ
歯と歯の合わせ目をぐいっと割って入った舌が蠢く
そんな本気のキスに思わず漏れる吐息が、ますます俊の逸る心を加速させる

「え、……っちょっと待、……って、『こういう状況』って……」

匂いを嗅ぐように胸元に鼻先をうずめながらシャツのボタンを外していく俊の手を
ちょっとだけ焦りながら留める蘭世

───ど、ど、ど、どうしちゃったの!?

心からそう疑問に思っていることは、心から心に直接響いてくる声で読み取れるが、しかし
そんな疑問に答える余裕は今の俊にはなく

「だから、今みてえな状況、だよ」

言葉少なく要点のみをぼそりと言い放つ

「〜〜〜〜〜!?」

そんな様子がかえって妙に冷静に映る俊の言葉に蘭世は口をぱくぱくさせるしかなかったが
いつもよりも荒く耳元をかすめる俊の息を感じながら
少しずつ、少しずつ蘭世の心の隅では
そういえば入り口はちょっと人目を忍ぶような作りになっていたな、とか
そういえばなぜかダブルの部屋しかなかったな、とか
そういえば部屋を選ぶのも機械的だったな、とか
そういえばエレベーターも二人しか乗れないくらい狭かったな、とか
この部屋に辿り着くまでに感じた違和感のかけらが集まり始めて

「……〜〜〜〜〜!」
それらは唐突に、ひとつの形を成してしまった
ホテルはホテルでも、ここは……

「ま、真壁くん、ここって……」

恐る恐る蘭世がそう呼びかける頃には、お互い、一糸纏わぬ姿で
案外クッションのよく利いたベッドにその細い体は押し付けられていて
バスルームから漏れる灯りのオレンジ色が映る自分の体と俊の体が
妙に艶かしく目に飛び込んできて
体中の血液が瞬時にしてそこに集まってしまったかのように
蘭世の頬が真っ赤に染まる

「……気づくの、遅ぇよ」

薄く小さくにやりと笑う俊

「〜〜〜〜〜!! 真壁くんってば、もしかして最初から知ってたのぉぉぉ!?」
「そりゃ……」

勿論、と答える替わりに俊は蘭世の鼻先に唇を寄せる

「ひど〜〜〜い!! だったら止めてくれれば……っっ」
「止める暇もなかっただろうが」
「〜〜〜〜〜〜っっ」

この建物のこの部屋の正体を知らなかったからとはいえ
それまでの自分の浮かれっぷりが次々と思い起こされて、二の句が継げなくなる

「……責任とれよな」

体中の熱を放射するかのように
ぶんぶんぶんと振りまわす蘭世の腕を優しく抑えて囁かれた言葉
この部屋で再び、会話として成り立つ言葉が発せられるのは、もう少し
……しばらく、後になってからのこと