そう、例のごとく寝坊して二時限めも終わりに差し掛かったころようやく教室についたあの日、札付きのワルで通っていたおれの隣の席は常に空席だったというのに、突然そこにはそれまで見たこともなかった女がぽつんと座っていて、そういえば昨日、このクラスに転入生がくるとかどうとか言ってたなとおぼろげに思い出しながらそこに腰をおろすと、そいつはにっこりと「はじめまして」と微笑んで、それまで前の席のヤツに借りていたらしい教科書を返し、おれの机とそいつの机とをくっつけて「教科書見せてくれますか」と言ってきたのだけれど、当然おれはそんなもの持ち歩いていなくて、そう言ったら即座に浮かんだ、心から驚いたような表情がやけに印象的だったからなのかどうなのか、些細なことでもくるくると表情を変える(顔に出やすい?)のが面白くて目が離せなくなった……と言った方が正確な日本語なのかもしれないが、それからなんとなく、そいつの姿がやけに目につくようになったのだけれど、それより何より、そいつはおれがいったいどんな生徒なのか、おれがあの日やってくる前は勿論、それ以降も、担任や教師或いは他のヤツらから言い含められたり、面白半分な噂話で聞かされたりしていた筈なのに、他のヤツらのような、腫れ物を扱うような態度ではなく、なぜそこまでするりと自然に接してくるのか、ただのバカなのか、それとも実は何か裏に巧妙な計算があってのことなのか……が読めずに、朝も昼も夜も妙にイライラしていて、道端でたむろってただけのヤツをつかまえて確実に八つ当たりの喧嘩を売ったりして、多勢に無勢とか言ったっけ、案の定ボコボコにやられて口ん中まで切れてるし、今から行くのもかったるいし、以前のようにサボっちまおうかと頭では思うのに、足は自然と学校への道筋を選んだりして、教室に入れば入ったで、小うるせえ女どもがおれのほうを盗み見ながら適当なことをヒソヒソ言い合ったりしているのが見て取れるのに、そいつはやっぱり「おはよう」と笑って、綺麗にたたんだハンカチを差し出しながら当然のように「勝ったの?」とか尋ねてきて、無意味な喧嘩を批判するわけでもなく(言葉上とはいえ)おれが勝ったということを賞賛するわけでもなく、ただにこにことおれの言葉を聞いているのがやけに心地よくて、ちょっと前こいつがこのおれに向かって、あろうことか一緒に帰ろうなどと言い放ってきたりしたから少しだけ声色を変えて牽制したら、何故そんなことを言うのか全くもって訳が判らないとでも言いたげな顔をして、おれを「怖くない」と称し「友達になりたい」と懇願してきたときも、言葉では否定しながらも今と似たような感覚を味わっていたのだけれど、そういえば眠りが浅くなったのはあの頃からだ。江藤蘭世。変な女。けれど、ふと気が付くとそいつの姿を目で追っている今のおれはもっと変なのだろうし、目が合ったりなんかしたら速攻逸らすしかないのに、他のヤツと楽しそうに喋るくらいならこっちを見やがれとか思ってしまう今のおれは矛盾の極みだ。



それでもなお。





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このお話は、正確には、リクエストお話にあたります
ぷにさまからのお題は
私が昔書いたお話につけた『真壁くんは出会った時から
蘭世ちゃんを気に入っていたのでは』というような内容のコメントから、
そのころの、真壁くん視点のお話を読んでみたいと思っていただいた
というものでした

……で……書き進めるうちに、内容が、拝借したお題「おれだけを見ろ」のイメージに
(私としては)近くなっていったので
こちらにアップさせていただきました

ぷにさま、ありがとうございましたv