「真壁くんって……好きなおかず、なあに?」
台所から不意に蘭世が尋ねる



「……何だよ、唐突に」
「ん〜〜〜? ううん……」

さっきまで心地よく響いていた、ことことと鍋の煮立つ音がやみ
蘭世が、品よく盛り付けられた煮込みハンバーグの皿を運んでくる
空腹を助長する香りが部屋いっぱいに漂う

「そういえば、聞いたことないなって思って」
「……そうか?」
「そうよ〜。 いつも、わたしが作ったものは何でも全部食べてくれてるけど
例えば、コロッケよりメンチカツの方が好き、とかってことも言ってくれないし
これがおいしい、とかってことも言ってくれないし」
「…………」

全部、おいしいから、ってのはこの場合言い訳にしかならないのかもしれないけれど

「嘘でもいいから、これおいしいな、とかその都度言ってくれれば
こっちはそれだけでもう、ものすご〜くやる気が出ちゃうのに、ね〜〜〜」

ちらり、と音がしそうなほど大げさに、横目で俊を見る蘭世
すぐさま視線を逸らし、手にしたしゃもじを齧るようにしなをつくり

「そうよね、そもそもわたしのことだって、好きとかかわいいとか
そ〜んな嬉しい言葉言ってくれることないんだもん
ましてやおかずなんて、何でもいいのよね……きっと……」

よよよ、と涙を拭う仕草をする

「な…………っ」
「ねっ。何でも、口に入ればそれでいいのよね〜だ」
「…………」

何なんだ唐突にこの絡みっぷりは
なんて
最初はそんな軽い気持ちでしかなかったのに

「……おまえだってそんなにおれのことを責められるほど
言いまくってるわけじゃないだろうよ」

軽く言い放っただけの筈の自分の言葉に
なんとなく胸の奥でこつんと何かがひっかかる

「え、あれ? ……そう、かな……」

うるせえよ、とか
お決まりの台詞で軽くいなされると思っていたのに
蘭世は蘭世で、思わぬ反撃にぎょっとしながら
それでも軽くその場を終わらせようとして

そんな、ある意味気遣いが判っているというのに
いや、判っているからこそ
止まらなくて

「……ああ、そうだろ」
「……あ……」

ざっくりと切り込むような俊の声音に
ナハハ〜……と笑いながらぽりぽりと頭をかこうとした蘭世の手は
そのまま行き場を無くしてしまう

「……………」
「……………」

この沈黙は、まずい
お互い、頭ではそう判っていながらも
お互い、紡ぐべき言葉が見出せず
一人は鬱々と、悶々と、深い闇に嵌っていく

その闇は今この瞬間にできたようなものではなく
ずっと見ないようにしてきた心の隙間
自分が相手の心を読めるということが
逆に安心につながっているということなのか
……それとも





「……前々から思ってたんだけど
別におれじゃなくてもよかったんじゃねえの」
「!?」

ぴきん
その場の空気が固まった音が聞こえたような気がした