「人間……この世界に修行に出ようってことになって
たまたま編入した学校に、たまたま俺がいて
たまたま俺が魔界の王子様ってやつだったから
あんなふうに、接するきっかけもできて時間も長くなったってだけで」
「え、あ、……っと……」
「俺でなきゃいけない理由って、何かあったのか?」
「…………」
蘭世は、ふうっと小さくため息をつき
「……って、おい!?」
そのまますっと立ち上がり、無言で台所へと向かい、お茶を二つ淹れて戻る
ひとつは俊の前にすすめ、もうひとつはひと口こくんと飲み込み
それでも何がなにやら判らないとでも言いたげな顔で尋ねる
「……真壁くん、なんだか言ってること、おかしいよ」
「何が」
すすめられたお茶に手をつけることもなく言葉尻に噛み付く
妙に落ち着き払った態度が何だか恨めしくて
「何が、って……
私は、真壁くんだったから、辛いことでも哀しいことでもあんなに頑張れたんだよ
真壁くんじゃなかったら…」
手を離していたかもしれない、と続く言葉を濁したこと
それくらいは判っている
けれど
口ではそう言いながらも結局は
その場合の蘭世がどんな行動を取るのであろうか、ということも
俊には判りきってしまっていて
「……俺相手でなくても、あれくらいやってただろ、おまえなら」
「え……」
何の恩義もない他人相手にでも、自分の全部を掛けることができる
だからこそ心から愛しく思える相手なのだから
───けれどそれは時に諸刃の剣で
まさに今のように俊の心を切り裂いて
裂かれた心から零れた言葉はさらに鋭さを増して
痛みの、悪循環
「だから今、お前が俺を、その……好きだっていうこと自体
錯覚なんじゃねえの、って言ってんだよ」
「!?」
大きく見開かれたままの瞳からはぼろぼろと大粒の涙がこぼれ
「そ、んな……」
それは儚げに卓袱台に落ち、ぱちんと弾ける
それからしばらくの沈黙の後
「真壁くん……」
「……?」
ようやく蘭世は搾り出すように言葉を発する
「……人を好きになることに、特別な理由なんて必要なのかなぁ
ひとつ、これ! って言えるものがなければ、駄目なのかなぁ……」
「……あ」
確固たる礎が何かひとつなければ
人の気持ちなど、錯覚でしかないのだろうか
「真壁くんがそうじゃなきゃ嫌だって言うなら
ごめん……頑張って探してみるね……」
確固たる礎が何かひとつなければ
人を信じることすらできなくなってしまうのだろうか
その、ひとつは
人の気持ちという曖昧なものよりも
それほどまでに重要なことなのか、どうか
止まらない涙を拭いながらゆらりと蘭世は立ち上がり
コートとバッグを手にする
「……今日は……帰る……ご飯……余ったら捨てちゃって……」
「…えと……」
呻くような小さな声を上げるしかできない俊と
目線を合わせることなく進み
ぱたりと玄関のドアは閉められて
外付けの階段を降りていく弱い足音だけが響く
「 ……っっ」
本当に痛いことは何なのかということも
そばにいてくれないと駄目だってことも判りきっているのに
こうやっていつも
「……くそ……」
俊はスニーカーを履く間ももどかしく取るものもとりあえず
部屋から飛び出した