「───なんだおまえ、いま帰りか」
「ひゃあっ!」
月イチで回ってくる日直の仕事が思いのほか手間取り、すっかり薄暗くなってしまっていた帰り道
なんとなく急ぎ足だったところを不意に呼び掛けられ、愛良は、飛び上がらんばかりに驚いた
振り返ると、その声の主は兄の卓
中学校と高校と、場所は異なるとはいえ、似たような経路を辿っているにも拘らず
そもそも同時に家を出たりしない行きはもちろん、帰りも、ふたりが鉢合わせになるのはこれが初めて
卓はジャージ等が入った大きめのバッグを抱えているから、当然部活には出てきたはずで
愛良は改めて自分がだいぶ学校に居残ってしまっていたことを実感した
「珍しいなこんな時間に」
「あ───……、うん。今日は日直だったから。おにいちゃんって、いつもこのくらいの時間だっけ?」
「ああ、まあ……大体」
じゃあ新庄さんもそろそろ家に着く頃かな
ふと、大好きなひとの姿が心をよぎった
愛良が人間ではないのだと知ってからも、気味悪がることもなく、逆に変な気を遣うということもなく
彼の態度は変わらなかった
ひとこと会いたいと言えば、勤労学生としては部活のコーチやフラワーショップのアルバイトで忙しいであろうところを
それなりの時間を作ってくれたし
会ったら会ったで、学校での勉強はどうなんだとか宿題は出てないのかとか
実の親よりも口うるさいくらいに尋ねてきて、急遽お勉強会が開催されたりして
愛良としては、彬水の前で問題が解けないなんてことになったら大変だ、と
ただそれだけ、全くもって不純な動機のもと、家でも参考書の類をぱらぱら捲るようになったのだが
それがうまいこと功を奏したのか、少しずつではあるが成績が伸びてきていて
人を愛するということが、自分に力をくれる
その“力”が、魔力ばかりではなかったことに、自分自身がいちばん驚いている日々
会えば会うほど好きになって
好きになればなるほど、彼に見合うようなひとになりたいと自分を磨いて
磨いた自分を見て欲しくて───そしてただ単純に、会いたくなる
昨日会ったばかりだというのに
「………って………ちょっ……お、おにいちゃん、ちょっと待ってよ───!」
「ああ?」
ふわふわと空も飛べそうな想いにふけているうちに
ついさっきまで隣を歩いていた卓は、どんどこどんどこ歩いていて
はるか先から愛良の声に気づき、振り返る
そんなにとろとろ歩いていたかなあ……と、ぺろっと舌を出しつつ愛良は小走りで卓を追いかけた
…………あれ?
そういえば、彬水と並んで歩くときに足を速めたことはなかった
彬水の身長は、卓よりもさらにもう少し高いはずなのに
繋いだ手を引かれることもなく、ぎこちなくならず歩くことができるのは
歩調がぴったり合っているしるし
唸りたくなるほどのコンパスの差も感じさせないほど
──────彼にとって自分という存在が負担になってはいないのだと思えるほど
「……………!」
昨日会ったばかりだというのに
一秒でもはやく会いたい
会って、手を繋いで歩きたい───――そう思った
あたりはすっかり陽が落ちて、街は闇に溶け込んでいく
早く明日になればいい そんな勝手なことを願いながら愛良は卓に追いついて
自分のことを待ってくれていた兄を今度は急かして家路を走った