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 → 色々100のお題 Type : 1 * ほのぼの (提供元:鳥篭 さま) 6 笑顔

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「あ───……。なんか、どっと疲れた……」

ぼやくようにそう言うと、卓は、緑の生い茂る池のほとりにごろんと横になった

久しぶりに訪問し、何の用かと思えば、唐突に同棲宣言
今までも大して変わらなかったとはいえ、早い話が
これからはひとつ屋根の下昼夜問わず好き勝手イチャコラさせてくださいと申し出たようなもの

正直、殴られるかと思っていた
歯の一本や二本は覚悟のうえだったのだが、ことは思いのほか穏便に済んだ───―あくまで表面上は
その表面しか見ていなかったであろうココは、不思議そうに卓を振り返る

「あら。全然大丈夫だったじゃない。おとうさまも終始にこやかだったし」
「…………………なんか出てたぞ、おじさん」
「そうなの? やだ、全然気がつかなかった」
「………………」

見えてなかったのかよ!
そう突っ込みたいところではあれど、気を抜けばとりつかれてしまいそうなあのオーラは、明らかに対自分限定
まさに蛇に睨まれた蛙状態だった先刻の状況を思い出すだけで、背筋が凍り付きそうな感覚を覚えるとはいえ
娘=ココに対する表情は打って変わって温厚ないつもの叔父そのものだった
(そしてそのギャップこそが何より恐ろしい)

「愛良のときは大変そうよね。おじさまのことだから……」
「………………」

自分の父親のことを棚に上げ、邪気なくけらけらと笑う姿を横目に見つつ、卓は
来るべきその時は、たとえ何があろうとも絶対に真壁家には寄り付かないことを決心した
恩あるコーチには申し訳ないが、とばっちりを喰うのはごめんだ
相手が人間だろうが何だろうが、あの親父のことだ。なにをやらかすか判ったもんじゃない
魔界はそろそろ、無駄に能力を有り余らせている輩を取り締まったほうがいい
そんなことを本気で思った





「───もう、花が咲き始めたのね」

花かんむりを作るにはまだちょっぴり心もとないけれど、この魔界にも確実に春が訪れている証
ふと目を細めてココが呟く

王宮を出たあと、まっすぐ帰っても問題はなかったのだが
ふたりの足は自然とこの場所へと向かっていた
魔界に住むココと、物心ついた頃から魔界には滅多に寄りつこうとしなかった卓と
王宮以外で過ごした記憶があるのは、この場所くらいだ
もっともココにとってその記憶は、やたらナマイキで、でもちょっと気になる年下のイトコを
あらためて異性として意識することになったきっかけだから
思い出すだけで充分に、嬉しいような甘ずっぱいような気持ちになれるのだが

そういえばひとつ、ずっと尋ねてみたいことがあったのだ

「ねえ、卓」
「───うお!? な、なんだ?」

なにやら口の中でもごもご呟いていた卓が、その呼びかけで妙に驚きながら振り返る

「そんなに驚かなくても………。あのね、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
「訊きたいこと?」
「うん」
「?? なんだよ、あらたまって」
「………あのとき、卓はわたしのこと……好きだった?」
「はあ!?」

寝転がっていた身を起こし、肩についた砂や草を払っていた手をぴたりと止めて
卓はココを凝視する

“あのとき”とは勿論、17歳の誕生日のこと。改めて示されなくともそれくらい卓にだって判る
嫌なら行かなければいい そんなごく当たり前のことすら自分ひとりでは導き出すことができなかったココを連れ出して
──────連れ出した後、ふたりきりになってからのことを思い出し、卓は一気に赤面する
我ながら、ガキのくせにくそナマイキなことをしたものだ

「…………覚えてねえよ」
「ちょっ……! 覚えてないってどういうこと!? キ、キス……とか、したくせに!!
あれはどういう意味だったのよっっ!!」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

ココとしては、そのときから卓は自分のことが好きで、涙する姿に思わず唇を寄せてしまった………的なコメントを
期待しているのだろうけれど
“思わず”には違いないのだが、どちらかというとあれは物のはずみ
好きとか可愛いとかいじらしいとか心で思う前に、勝手に体が動いてしまったというか

好きとか可愛いとかいじらしいとか、その手のことをしっかりと認識したのは、もう少し後になってからのこと

心より先に体が動いただなんて、よほど巧く言葉を選ばないとまた喧嘩になりかねない
(そして自分にはそんな高等な技術はない)
深く項垂れため息をつきながら、卓はその視界の端で
それまで青く晴れ渡っていた空が、少しずつその色を曇らせていくのを見た

「どういう意味もなにも……覚えてねえんだから、しょうがねえだろっ」
「じゃ、じゃあ卓はわたしのこと、いつから好きだったの!? “ずっと”って、いつから!?」
「いつからって……あの、なあ………。なんでそう、はっきりさせたがるんだよ……」
「な、なんでって………だって………」

ココはわずかに震えながら、スカートの裾をぎゅっと掴む

「だって……わたしはまたもうすぐ誕生日が来て……年をとるのも、好きになったのも、わたしばっかり先だなんて
なんだか悔しいんだもの………」

前後がつながっているのかいないのか(しかも、どう考えても前者は自分のせいではない)
大体、そういうことは、早い遅いの問題ではないと思う
おいそれと口にすることはできないが、今、充分に通じ合っていればそれでいいのではいかと思うのだが

しかし、やはりそんなことを口にできるはずもなく
ぽりぽりと頭をかきながら、どうしたものかと唸った卓の手の甲に、ぽつりと何かが落ちた

「(……………ん?)」

ぽつり、ぽつり。また、ぽつり
手だけではなく肩、そして胡坐をかいた膝を打つのは、雨粒
そういえば魔界に天気予報などという文化はあるのだろうか、などと妙に冷静に考えながら
卓はポケットをさぐり、ハンカチを取り出してココに放り投げる

「え、なに?」
「なにって…………雨」
「雨? なに言ってるの。こんなにいいお天気なのに」
「え」

怪訝そうな顔でココは、キャッチしそこね膝に落ちたハンカチを拾い上げる
かざした手には相変わらず冷たい雫が落ちてくるというのに、なんでそんなに鈍いんだ
と、思わず空を見上げた卓は、目前に広がる光景に驚愕する

雨を落とす黒い雲が漂っていたのは
自分の座る、ごくわずかなスペースの上空だけ
他はみごとに、むしろ二人が魔界へやってきた朝方よりも晴れ渡っているくらいで
結果、雨が落ちているのも自分にのみ
池の水面には波紋ひとつなく、風も穏やかだからさざ波すら立っていない

「…………………え…………?」
「もう! そうやって肝心なことは誤魔化そうとして……卓! さっきの話の続きなんだけどっ」
「ああもう、うるせえなっ! そんなことより、ちょっと空見ろ、空!」
「そ……“そんなこと”ですってぇ!?」

ココの声が怒りに裏返ると同時に、卓の上空を覆う黒い雲がぼわんと広がる

「げっ!!」
「わ……わたしにとってはすっごく重要なことなのに、“そんなこと”って何よ!?」

そんな様子には全く目も向けず、ココは一気にまくしたてる
黒い雲はその色を深めていき、心なしか雨粒のひとつひとつが大きくなったように思えた
そればかりか、小さいながらもゴロゴロと雷鳴のような音が聞こえ始めたような気がする
あきらかにその変化は、ココの感情の昂ぶりにリンクしている
機嫌を損ねると天候まで変えてしまう そんなある意味はた迷惑な能力は、妹の専売特許だったはずなのに
いつの間にそんな能力を身につけたのだろうか(しかもピンポイントで)

と、次の瞬間卓は
もうひとりの“無駄に能力を有り余らせている輩”の存在と、脅迫……いや、むしろ呪詛に近い言葉を思い出した



──────ココに、ちょっとでも不幸な思いをさせたりしたら──────



「そうよね、卓にとってはわたしなんて本当はどうでも………」
「………う、っわああああああああああああ!!!」
「え」

断末魔のような悲鳴を上げながら、卓はココをがっちりと抱きしめる
その瞬間、打ちつける雨粒がぴたりと止んだ

「わ、……わかった、から! あれだ、その話は場所を変えよう」
「た……卓………?」
「こ、こんなところじゃ……誰が聞いてるか判んねえだろ! 長居したんじゃ命があぶな………
じゃなかった、ほら、こっ恥ずかしくて言いてえことも言えねえし! なっ!?」
「卓…………!!」

青ざめていたココの頬が、ぱあっとばら色に染まっていく
何事もなかったかのように雲は立ち消え空は隅々まで澄み渡り、穏やかな木漏れ日がふたりを包む

あの親父にして、あの叔父あり───改めて今心からそれを実感した
息子であり甥であり、ゆくゆくは娘婿として。あの兄弟に一生つきあっていくということの重みを肩のあたりに感じながら
卓はぐったりと深いため息をついた





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父の愛は海より深しってことでひとつ(^^;
右を向いても左を向いても卓ちゃんって苦労しそうですよね