「あれっ」
髪を切る 前もってそう言っておいてはいたから、そのこと自体には驚いた様子はなかった
けれどもやはり、その長さには意表を突かれたようで
目が合った瞬間、彼は意外そうな声をこぼした
ドアを開きっぱなしのまま、玄関先に立ち尽くすなるみの姿をまじまじと見つめる
「うわあ。ずいぶんばっさり切ったんだね」
「う……うんっ。お、おかしい……かな……」
「そんなことないよ! すっごく似合う! あっ、もちろん、長いのも似合ってたけどっ」
「……よかった……」
なるみは、頬のすぐ横で揺れる髪を指で押さえながら、心底ほっとしたように笑った
中等部入学にあわせて心機一転、どうせ切るのなら思い切り良く───そう思って、ぱっつりと
切ってもらったのまでは良かったのだけれど
───なんだか頭が大きく見える…かも………
ずっとそんな不安が拭いきれずにいたのだ
(もっとも、量が多いうえにほんの少しくせがあり、膨らみやすいその髪が
それまでうまくまとまっていたのは、ひとえに長さ=重さのおかげだったから
下手をすれば、キノコのように好き勝手に広がりかねないところを
段を細かく入れたり透いてみたり、あらゆる手段を講じまとめてくれてはいたのだが
まだおしゃれの“お”の字も判っていないなるみには、そんな美容師側のワザまでは読み取れなかった)
「ここまで短くしたのって、はじめて?」
「え? あ、う───んと……入院する前からずっと伸ばしてたから……そうかも」
「そっかあ………」
屈託のない笑みがぱあっと広がる
そして少し照れくさそうにしながら、鈴世は言葉を次いだ
「じゃあ、ぼく、なるみちゃんのはじめての変身を最初に見れちゃったんだね
なんだか、うれしいな。こういうのって」
「…………!!」
なるみの頬は一気に朱に染まる
だって彼がいま言ってくれた言葉は、まさに
「う、う、うんっっ!!
あ、あたしも、最初に鈴世くんに見てもらえて、うれしい!」
ようやく声を絞り出したつもりだけれど、どこまで言葉になっていたかは、あやしい
ちょっとどうなんだろう。そう思いながらも、髪を切った自分をいちばん初めに見て欲しかった
入学式は明日だから、黙っていてもそのとき会うことになる。けれどそれでは足りない気がして
店を出たその足で、ダメもととばかりに江藤家への道を選んだ
春の訪れをやさしく告げる鳥のさえずりも、先刻までのなるみの耳には届かず
ただただドキドキしながら歩いてきて───その緊張がようやく解けた
彼は自分の気持ちをちゃんと掬い取ってくれる そのことが本当に嬉しい
来て、よかった。改めて心からそう思った
「……エヘヘ
あっ、うしろ姿もどうなってるのか見せて!」
「うん。あ、あのね、耳のところだけはここまであるけど、後ろはもっと短いの。ほら」
なるみはその場でくるりとターンし、“気をつけ”の姿勢をとる
まっすぐに切りそろえられた襟足を、春風が静かに吹き抜けていく
今まで陽に当たることのなかったそこは、手や足に比べその白さが際立っていた
「ホントだ」
「ね? なんだか首がスースーして、ヘンな感じ」
「そっかぁ……慣れるまでは、そうかもね」
「うん……。って……あ、あれ?」
両肩にやさしく手を置かれて
首筋に一瞬、やわらかいなにかが触れ、すぐ離れる
いちど塞がれた春風が、再びやさしく通り過ぎる
「リ……鈴世くん……。いま……な、なにか……っっ」
“気をつけ”の姿勢で固まったまま、なるみはおそるおそる問い掛ける
そんなことは、漫画とか小説とかドラマとか、創作物の中で目にするだけで
ちょっぴり憧れめいて見えるけれど、自分にはまだまだずっと先に訪れることだと思っていたから
答えを求めるというよりも、むしろそれを確認するような心境のいま
とてもじゃないが、そちらを振り向くことはできない
「うん。あまり風が冷たく感じないように、おまじない。もう一回、する?」
「〜〜〜〜〜〜!! い、い、いいいいいい、いいですっっ!!」
風にさらされた首筋は、冷たいどころか、一気に熱を帯びていく
添えたままの手で硬直した両肩をぽんぽんとたたきながら、なんでもないことのように鈴世は笑った