色々100のお題 Type3 09:指輪
一昔前の、座っていればそれだけで良い王女様仕様から、くるくる働く主婦仕様へとバージョンアップしつつあるココの細い指からは、いつも身に着けているはずの指輪が時たま消えている
炊事・洗濯・掃除。そのたびに指輪を外すそのまめまめしさは自分にはないものだから、かえって目につくのかもしれないけれど、卓としてはやはりこの一言に尽きる
「―――よく、忘れないよなあ……」
「えっ」
部屋の掃除が終わり、ひと休み。掃除機をかけるあいだ部屋を追い出されていた卓が、自分の定位置の席に戻りながらそう言うと、ココは、問いかけた卓よりもさらに怪訝な表情を浮かべて振り向いた
濃いめのブラックコーヒーと、カフェオレを淹れたマグカップを運ぶその手には、さっき外した指輪が、何事もなかったかのように舞い戻っている
「忘れない、って……なにを?」
「いや……指輪。しょっちゅうつけたり外したりしてるから」
「ああ! そりゃあ、ねえ……忘れないわよ。たいせつな指輪、ですもの」
と、ココは指輪に視線をやりながら目を細める
デザイン的にもお値段的にもごくごく一般的な指輪だ。けれどこれはひとつだけの、「特別」
(元)王女という立場上、デザイン的にもお値段的にももっともっと豪奢な指輪も一揃い保有しているが、あの日―――至極緊張した面持ちの卓がココの手を取り慣れない手つきではめてくれた日―――以来、ココはこれ以外の指輪を身につけていない
「別に、いちいち外さなくてもいいと思うけど」
「駄目よ! ほら、汚れたりとか……万が一、傷でもついたら」
「う―――ん……」
そう、ひとつだけの、特別な指輪なのだ
かたちのない愛情と、かたちのある指輪とをなぞらえて考えるほど浅はかではないが、やはり、大切にしたい。その輝きが色あせてしまわないように
だからこそ、些細な用事ごとでもその都度外し、大事にしまいこむ。用事が済めばまた身に着ける。その一連の動作は、すでにココの中で習慣になりつつあった
―――けれど
「…………うまく、言えねえけど……」
「?」
もともと口下手なところを、さらに断りを入れるなんて、相当だ。けれど、こんな前置きは、勿体ぶっているわけではなく、『これから大事なことを言うぞ』のサインだということに、少し前から気が付いた
コーヒーを一口すすった卓が、再び口を開くのをじっと待つ
昔は―――まだお互いの気持ちが分からず不安だったころは、そのタイミングを計ることができずよく衝突した
卓の言葉を待ちきれず、ココが勝手にまくしたてる。売り言葉に買い言葉、誤解が誤解を生んで傷つけあう、その悪循環の繰り返しだったのが、今では
「そういう傷とかも含めて、の……結婚指輪ってヤツ、なんじゃないかと……思う」
「…………」
「…………うん」
驚いたような顔をしてこちらを伺うココに対して、というわけでもなく、卓は頷いた
昔よりも、モノが言いやすくなったと思う。自分が発した言葉の後、ココが沈黙に落ちることがあっても、どんな曲解した言葉が飛んでくるか、身構えることがなくなった
たまに言い合いになることもあるけれど、そんな些細な傷は、お互いをさらに知りあうためのステップになりつつあるのだ
「そうね……。結婚指輪は二人の歴史で磨くものだ、っていうし」
穏やかに微笑みながらココはその手をそっと卓の手に重ねる
その指には、ココの指輪よりも一回り大きめ・同デザインの指輪が光る
「ま、まあその……壊れたらいつでも新しいの買ってやる、とは言えないのにこういうこと言うのもアレなんだけど」
「それは別のおねだりに期待します」
と、肩を竦めつつ聞き捨てならない発言をしながら、ココはくすくす笑った