色々100のお題 Type3 12:視線の先
共に過ごした記憶もない、写真で顔を知るだけ―――それでも、周りにとって、自分に「その人」がいないという事実は、無駄に大きな意味を持っていたらしい。あのときに限らずずっと、自分に向けられる目には、陰に日向に誹謗中傷が渦巻いているのを感じた
幼さはときに残酷だ。自身の発言にどれだけの威力があるのか、また、あるべきものとして当たり前のようにその存在を享受していることが、どんなに幸福なことなのかを知り得ぬまま、言葉の刃を振り回すという意味で
「その人」―――母のことを言われるのはいい。いや、よくはないが、もういい加減慣れてしまっていた。片親の子はまともに育たない なんて、そうでない者たちがそう思い込むことで、相対的に自分たちはまともなのだと勘違いしたいがための、ステレオタイプな常套句でしかないから。実際、それを盾にしてしかこちらを責められないような輩は、大概、お察しレベル。もっとも、品行方正・才色兼備を誇る自分に対抗できるような存在など見当たらなかったのだが
ただし、父のことは駄目だ
母がいない―――共に過ごした記憶もない、写真で顔を知るだけの存在でも、それでもふとした瞬間に人並みに寂しくなることはある
そんなとき、包み込んでくれたのは誰だったか
ふとした瞬間にしか寂しさを感じさせないくらいに、溢れんばかりの愛情を注いでくれたのは誰だったか
あんたたちが言うところの「しあわせじゃないわたし」を「しあわせなわたし」にしてくれた
そんな父を責める権利が、あんたたちのどこにあるって言うのよ
―――と、口より先に手が出た
といってもその手は自分のではなく、いま目の前でアルバムを繰る彼女の夫である彼の、だ
たまには女同士でお茶会でも。そう呼び出したのは自分のほう
話の流れで過去の写真ご披露の運びとなり、テーブルに山積みになったアルバムをほくほくしながら見つめる彼女を眺めながらなんとなく、彼女がまだここにいなかったころの話をした
「……あのとき、俊はぜったいわたしのこと好きだったと思うんだけど。どうしてこんなことになってるのかしらっ」
「あ…、はは……」
苦笑する彼女の傍らには、あぶあぶと宇宙語を話しながら持参のおもちゃにじゃれる赤ん坊
敢えてベタな言い方をするなら、彼と彼女の愛の結晶だ
彼女の苗字が彼と同じになってから、丸一年とすこしを過ぎた
彼をふたりで取り合っていたつもりが、いつのまにかひとり取り残されていたことが、辛くなかったといえば嘘になる
けれど、ほんとうは、ずっと前から知っていた
写真の中の彼のように、いつも遠くを見ていた彼の視線の先がどこなのか
それは、いつも彼だけを見ていた自分が、一番知っていたのだ
自分の視線の先が、いつからかふたりになっていたことも、いつまでも、どこまでも、気づかないふりをしていただけだ
それでも。彼と自分は、確かに「戦友」だった頃があった
そのことを、今になってからこうして、思い出話など散りばめながら自慢するくらいは、可愛らしいものだろう
「うーん、でも残念だなあ……」
「なにが」
心の底から残念そうに、彼女がひとりごちる
残念って。―――いいじゃないの、今はあんただけのものなんだから と、返すつもりが。彼女の返答は、完全に予想の斜め上をいった
「わたしがもしその場にいたら、加勢したのになあって」
「…………」
父のことを気に病み、本当の意味では誰も友達にはなってくれなかった自分にとって、初めての友達は彼女であったことを曜子は不意に思い出した