色々100のお題 Type3 13:こころ
電柱の陰に隠れるようにそっと、息をひそめるようにして佇むその後ろ姿は、以前に比べて線が細くなったような気がする
少し離れたところからそちらを見やる気配にも全く気づかないまま、しばらく道の向こう・少し上───古びたアパートの一室を見続け、がっくりと肩を落とすのがわかる盛大なためいきをついたのち、姉はようやくこちらを振り返った。刹那、その大きな目を丸くした
「えっ……。リ、鈴世!?」
少し前、姉が変身できていたころ。姉がどんな姿に変身していても自分だけは分かった。流石たったふたりの姉弟と言うべきか、代わりに、久しぶりのこの姿にも姉は敏感に気づく。もっとも、この平和な街中に、金色の狼などそうそう見かけることもないのだが
その呼びかけを機に、もとの姿に戻る
我ながら鮮やかな空中回転、そして着地。乱れた髪を直し終えるのを待ったうえで姉は、心底驚いたように問いかける
「どうしたの? なんでこんなところに」
「あー…。ほ、ほら、もう真っ暗だからさっ。夜道は危ないし、探しに来たんだ」
後半は本当のことだ。実際自分が狼に変身したのは、姉の匂いを辿るため
ただし前半───探しに来た理由は、ほんの少し異なる
いつもならばすでに居間にいるはずの時間になっても、なぜか姉は戻らなかった
「あの日」に比べたら。人間になるという行程を経て、姉はとても落ち着いた。けれど、やはりどこか不安定なままに思えて仕方がない。それくらい、姉にとってあのひとの存在は大きすぎたから
ひとりにしたら、何をするか分からない。そんな不安が拭えずいてもたってもいられなくなり、気がついたらここに来ていた
「もしかして……。あそこが、おにいちゃん家なの?」
姉の見ていた方向を指差すと、姉はあからさまにぐっと言葉につまった
「相変わらず、するどいなあ……。うん、そう……みたい」
「………………」
鋭いもなにも。そうでもなければ、自宅からの通学ルートにかすりもしないこんな辺鄙な所に用はないだろう、或いは、「みたい」と言うことは、本人から聞いたわけではないということなのか───そんな思いが表情に出てしまっていたからなのか、調べちゃった と、決まりが悪そうに付け足した
「たとえ嫌われちゃっててもね、なにかできることはないかなって思ったの
でも、できることなんて…思ってた以上になんにもなくてね」
「………………」
「……打ちのめされてたとこなの。自分が今までどれだけ魔力に頼りっぱなしだったか、思い知らされた感じ」
───同じ魔界人だということが、どれほどの安心材料となってしまっていたのか
「あ……ははっ。こんなんじゃ、嫌われちゃってもしょうがないよね」
「…………。そんなこと、ないよ」
嫌いなんかじゃないよ。 自嘲気味に笑う姉に対し、そうこぼしてしまいそうになったのを、すんでのところで食い止めた
自分だけが見てしまった、あのひとの最後の秘密。それを自分が軽々しく口にしてしまうのは、ルール違反だから
───けっして、「ガキの口出しすることではない」ことを、根に持っているわけではない。……多分
「だって……。じゃあ、ぼくもそうなのかなあ。なるみちゃんと仲良くなれたのは、魔力のおかげ“だけ”なのかなあ」
「!! ちがうわ、そんなことない」
「じゃあ、おねえちゃんも違うでしょ。……さ、帰ろ帰ろ。ぼく、おなかすいちゃったよう」
「きゃ!? り、鈴世ってば、もう~~~」
結論の分かりきった話は、言うだけ言ってぶった切るに限る
くるりと後ろに回り、その背を押しながら足早に歩き出すと、姉は観念したように笑った
そっと振り返ると、姉の見上げていた古いアパートの窓に人影が見えた。───きっと、あのひとだ
姉に限らず自分にとってもあのひとは、とても近くにいたはずなのに、ひどく遠いところへいってしまった
反射的に睨んでしまう。どうせまた、ガキの口出しすることじゃないって怒るんだろうけど、でも
嫌いじゃないくせに。───好きなくせに。こんなことで不安になるくらい弱ってるのに、なんでそんなとこから見てるだけなの
失われた魔力の問題ではない。姉の気持ちどころか、自分の気持ちすら分かっていないあのひとに、ぼくの気持ちが伝わったかはわからない