色々100のお題 Type3 16:ひとつ

彼女に対してよく言う「デカい声で考えるから聞こえてしまう」というのは、別に、口実でも何でもない。もっとも、「聞かない努力」もしていないのだが



俊の家にはシャワーなどというオシャレなものはない。湯船から手桶で湯を掬い、身体を流すその間に「それ」は聞こえてきた
おかしいかおかしくないかでいえば、部屋に上がった瞬間からなんだか様子がおかしい気はしていたのだが、予感は的中。かつ、意識をそちらに寄せずともこれだけ聞こえてくるということは、相当テンパっているに違いない

「(……なんか、やらかしたか?……)」

当然のことながら主語は「彼女が」ではない。しかし昼間は遠征で一日出ずっぱり、帰りすがらに彼女と待ち合わせ、勧められるままに風呂へ直行。そんな工程を思い起こしても、特に落ち度はなかった。……と、思いたい(柄にもないお誘いをしたこと自体に責めを負うというのであれば、泣くしかない)

上がり湯もそこそこに湯船を後にする。脱衣所で下着を身に着けながら、台所にいるはずの彼女に意識を傾けると、彼女の心の嘆きは、「聞く努力」をしたが故に、脳に響くイキオイで聞こえてきた
吹き出すのはかろうじてこらえたものの、鼻の奥でふごっと変な音がした。「ブイブイ」はともかくとして

「(……好色一代男……?)」

オマエそれ昨日の小テストに出た・絶対言葉の響きだけで言ってるだろ、と突っ込みたい衝動を抑えつつ台所に向かう
いくら忍び足だとはいえ、この狭い部屋でこちらの気配に気づくことなく、まだまだ延々と続くのであろう彼女の想像力には、たまに心の底から感心させられる。よくもまあここまで過大評価(?)してくれたものだ。いや、よくもここまで悲観的になれたものだ、というべきか



「……吹いてる」「ひゃあっっ!?」

とりあえず、沸騰しはじめていた味噌汁を救出することには成功した
彼女はといえば、飛び上がらんばかりに驚いたその姿勢で固まったまま、コンロの栓をひねる俊の姿を凝視している

「あ……上がってた、のねっ。ごめんね、ありがとう」
「…………」
「すぐごはんにするね。座って座って」

と、指差す先の卓袱台には、ご自慢の筑前煮と焼き魚、小鉢二品(おひたし・冷奴)がきちんと揃えられ、二人が席につくのを待っていた
最近は、特にあれが食べたいこれが食べたいと品目を挙げることがない。その日一日の予定を加味しながら、俊好みのメニューを組み立ててくれるからだ。促されるまま席に座ると、(沸騰させてしまったものの)具だくさん味噌汁からやさしく漂う香りも、すきっ腹をダイレクトに刺激してくる
彼女はといえば、先刻までの動揺をとりあえず封印し、ごはんと味噌汁の用意をてきぱきとこなし始めた

「…………」

そりゃまあ、確かに。改めて、出会う前はどうのこうのと話題に上げたことはなかった
ひとりにしか興味がなかったがゆえに、そもそもそんなことを話すという発想自体がなかったというのもあるし、よもやブイブイだのやりたい放題だの、美化というか曲解される(かつ、それを理由に凹まれる)などとは思ってもいなかったからだ

そして何より、中学生どころではなく、それこそ赤ん坊のころから。生まれ変わってもなお初めての恋の相手はひとりでした、初恋かどうかでいえば、筋金入りの初恋です だなんて、どのツラ下げて言えというのだ
しかも今となっては、その張本人はそのことを微塵にも把握していないというオマケまでついてきた

人の胃袋は完全に掌握しきっているくせに、こんな至極簡単なことにかぎってなぜこんなに疎いのか。それともワザとなのか
にこにこと微笑みながら茶碗を差し出す彼女からは、恥ずかしいことを敢えて言わせようとか、その手の悪意は読み取れない。 ただただ可愛らしいだけだ。―――自分の威力、いや、魅力を分かっていないにも程がある

「……なんかむかついてきた……」
「え、ええっ!? なにが!?」
「なんでもない」
「ええ~~~~!?」

自分の口の重さも問題ではあるが、彼女の、こと自分自身に関してのニブさも相当なものだ
どう見積もっても、よくてイーブン。少しぐらい動揺させておいても罰は当たるまい、そうだそうに違いない

いささか身びいきもあるもののそれはそれ。いつもはしない「聞かない努力」―――思考をめいっぱい閉じ、俊は目の前の食事に手を伸ばした