色々100のお題 Type3 17:傍に、いるよ
「もう蘭世ってば……泣きすぎっ。誰の卒業式だかわかんないよー」
「だ、だっ……、て……さ、さみしいよう……」
今日は卒業式。ただし、仰げば尊し、我が師の恩―――つい先刻そう歌ったのは、目の前で涙する彼女ではなく、楓のほうだ
彼女をなだめながら、自分たちと同様に校庭で名残を惜しみ合う学生達を見回してみる
なんとなくわかってはいたが、どの卒業生よりも彼女のほうが泣いているのではないか。改めてそう再確認させられた
楓が通う予定の大学は、附属という名が示すとおり、この学園のすぐ近く
さほど苦労せずともそこそこの成績を収めることができていたし、仲良くしていた級友のほとんどが同じ大学へ通うこともあり、卒業式にそこまでの感慨はない
実際、その級友たちとの別れも、あっさりしたものだった。学び舎は変われども数週間後にはまた確実に顔を合わせるのだから
去年或いはおととしのこの時期となんら変わらず、「またね」の一言で明るく解散。とはいえ今にして思えば、楓と級友との別れのセレモニーからすこし離れた位置に一応いながらも、すでに盛大な泣きっぷりをみせていた彼女に、逆に気を遣いつつ早々に去っていった感もあるかもしれない
「別に大学行ったって、遊びに行ったりはできるじゃない。家も近いんだし」
「……っそりゃ、そうだけど……」
「もともと学年も違ったんだし、いままでとあまり変わんないよ……。ほらこっち向いて」
「う~~~~」
そう。楓の世界にひとり分の穴が開いているという事実は、卒業してもしなくても変わらないのだ
すでに彼女の手持ちのハンカチはびしょ濡れ。それとは対照的に、自分のハンカチは、昨夜のアイロンがけの成果を残したままだ
その落差に苦笑しつつ楓は、彼女の目元をつとめてやさしく拭う。もう一枚くらい予備で持ってくるべきだったか。いざとなれば、となりで傍観者を決め込んでいる彼もハンカチくらいは差し出すだろうけど
―――いやいや、彼のすべきは涙をぬぐうことではなく
「すげえ顔になってんぞ」
「えっっ」
ちらりとそちらを窺った楓の視線を受けてなのかどうか、彼は、思わずといった体で彼女を見ながら言った
その軽くからかうような口調から、真偽を求めこちらを凝視する彼女を、フォローしたいのはやまやまなの、だが
「……うん、ちょっとぐちゃぐちゃ、かも……」
「!? か、かえでちゃんまでひどいっ。……顔洗ってくる……」
真実を映す鏡を目の前にした彼女が、さらにショックを受けませんように。むなしい願いを込めつつ、楓と彼は、ぱたぱたと走り去る彼女を見送った
「ホント、誰の卒業式なんだか……」
「……先が思いやられるぜ……今からあれじゃ」
「そうねえ」
「…………」
「…………」
ふと、沈黙に落ちる
実際のところ、つきあい自体は彼女より彼との方が長い
とはいえ、周りの声に流されるかたちで彼のことを遠巻きに見てしまっていた時期があり、また彼もそんな周りの視線を知っている
お互いにかすかながら残る気まずさを吹き飛ばす彼女が、今この瞬間のようにふと席を外してしまうと、会話をつなぐことすら難しくなるのだ、残念ながら
―――けれど、今日は。大学に行ったら顔を合わせることもなくなるであろう彼に、言っておきたいことがある
それを言わなければ、卒業してもしきれないくらいのことを
「真壁くん」
「―――ん?」
息をひとつ吸って、吐く
振り返った彼の目をまっすぐに見据えると、ざわざわとにぎやかだったはずの周りの声が、すうっと遠ざかったような気がした
「蘭世のこと……“また”泣かせたりしたら、承知しないから」
「また」の部分には、意図的に力を込めた
彼のすべきは、彼女の涙をぬぐうことではない。そもそも彼女に涙を流させないことなのだ
「……。今のいま、あの泣きべそぶりを見といてその台詞は……ハードル高くねえか」
「そういう意味じゃないわよ」
「………………」
なんだか理不尽なことを言われた。そう言いたげだった視線が、ぎょっとしたような、おまえは何を知ってるんだと問うような色を帯びる
―――ええ、なにひとつ知りませんが、何か?
明らかに昨晩眠れなかったのであろうことを窺わせる泣き腫らした目で現れた日、彼女は楓になにも言わなかった
けれど
その直前にリングの上で交わした熱い抱擁や、中学生時代の微妙な関係が、まるで幻であったかのように思わせたあのときのふたりを傍観すれば、原因はどちらにあるのか―――すなわち、いま目の前にいるこの男のほうが相当なことをしでかしたことくらいは確信できた
そばに、いるよ。わたしならずっと
ほんとうはそう言いたかった
けれど、自分の言葉にはなんの意味も力もないということも分かっていた
たとえ彼がそんな言葉を口にしなくても、彼女が追いかけるのは、彼女がそばにいてほしいのは、彼だけなのだから
そんな彼女の思いに、いつまでも胡坐をかいているようなら許さない。そういうことだ
単なる嫉妬、あるいは羨望でしかないと言われれば、返す言葉もないけれど
「……わかってるよ」
ただ、ひとこと。その返しに、おっ、と楓は思う
誤魔化したり、お前には関係ないと一蹴されたりしなかったこともさることながら、いっぱしの彼氏みたいな表情もできるのではないか、と
具体的な対策の例示もない回答だけれど、まあまあの及第点というところだろう
そもそも正解を決めるのは楓ではなく、ぐちゃぐちゃの顔を笑顔に戻しこちらへ駆け戻ってきた彼女なのだ
「なあに? なんの話??」
「ん? ―――ううん、ただの雑談。やり残したこともない、っていうか済ませたし、蘭世が大丈夫そうならそろそろ帰ろうかって話してたとこ」
「そっかあ……ごめんね、待たせちゃって……」
「……………」
先刻よりもほんの少し憮然とした彼の顔は、見ないふりをすることにした
Ah, 'tis a time for fond regrets, When school-mates say "Good Bye."