色々100のお題 Type3 20:約束の場所

なんどめかの放熱のあと、そのまま眠りへとなだれ込んでしまっていたらしい





力尽きるとはまさにこのことだ。寝汗ではない汗で首まわりがべとつく
寝入る寸前、すでに夜が白みつつあったことは記憶にあるが、正確な時刻は定かではない
夏場とはいえ明け方はすこし冷え込み、実際、俊もそのせいで目覚めたのだが、腕の中で眠る彼女の腹にタオルケットをかけてあるのは、我ながら及第点といったところか
彼女の白い胸元に赤く刻まれた名残を見やりながら、俊はひそかに舌を巻いた



おいしくいただいておいて何だが、俊としては、昨夜からただいま現在までの一連の流れは計画外・予想外のことだった。―――おいしくいただいておいて何だが

彼女の誕生日を俊の部屋で過ごすことを決定した日から、その前日までかけて綿密に練り上げた計画は、彼女を無事自宅まで送り届け、彼女の両親に「ご挨拶」をする そこまでで終わっていた
今まで、その寸前までいったとしても最後の砦に踏み込むことがなかったのは単なる偶然であって、所謂プラトニックな関係に、特に重きを置いているわけでもなかったから、誕生日という特別な日を、密室、しかも主導権は圧倒的にこちらにある自室で過ごすという状況について、その手の期待が全くなかったかといえば嘘になる

しかし問題なのはその自室だ。家賃だけで選んだ安普請の異名はダテじゃなく、狭い・薄い・暗いの三点セット。ふたりで横たわっているのもせんべい布団で、心なしかなんだか湿っぽい。ロマンもなにもあったもんじゃない。『背景が悪い』どころか、全てがいろいろなんていうか、もう。あまりのいたたまれなさに、つい、ぼやきが口をついて出た

「…………なんで、ここだったんだ…………」

―――とは、いうものの
よりによってそんな特別な日に、ここで過ごすことを提案し、かつ、お泊まり計画を携えてやってきたのは あくまで彼女のほう
彼女がいつも大事にしているはずのロマンやらなにやらは、果たして本当にそれでよかったのか

誕生日の過ごしかたについて、彼女の希望を尋ねたときの会話を思い起こしてみる
予算について口にはしたが、あくまでジョークのつもりであって、ジョークであることを多分彼女も理解してくれていたと思うし、お望みとあれば、なけなしの貯蓄を切り崩すくらい何てこともなかった

一度だけ再確認はした。この部屋ですごす、本当にそれでいいのか
それでもなお、彼女の言葉というか厚意というかを真に受けず、気をまわすのが礼儀だったのかもしれない。あるいは、お泊まり前提であることを、帰宅直前(今となっては一次帰宅だが)まで言わなかった彼女のこと、お泊まり前提のプランを自ら提示することなどできなかったに違いない。たとえば、ちょっと値の張るホテルの最上階……とまではいかなくても、夜景が一望できる部屋を取ってみるとか

そもそも、女性のほうからそんなことを口にさせるなんてこと自体、大問題と捉えるべきなのか



「そりゃ、狭いけど……落ち着くから、かしら」
「!?」

ぎょっとして腕の中を見やると、寝ているはずの彼女は目を覚ましていて、寝起きのだるさを一切感じさせないはっきりした笑顔でこちらを見ていた
口に出していたのか、だとしたらどこから聞かれていたのか―――それを思うとうすら寒くなるが、続く彼女の言葉から察するに、俊にとっての最大の疑問であり嘆きである部分だけらしい

「真壁くんは、このお部屋あまり好きじゃないみたいだけど……わたしは好きよ。気負ったり背伸びしたりしないで、いっしょにいられるんだもん」
「………………」

好きとか愛してるとかそんな単語は、自分の気持ちを表しきれるものではなくて、単なる一般的な記号に過ぎないのだと感じるのは、こんなときだ
いまに限らず、勝手に悶々と悩み霧のように浸食された自分の心が、彼女の存在ひとつでこんなにも軽くなるそのことを、あますことなく表現しきれる言葉を、俊は知らない

つるんとした額に唇を落とし、彼女を包む腕に力を込める
彼女はそれに応えるようにそっと微笑み、俊の胸に頬を寄せた

「それに……ね。誰にも聞かれずに、ないしょ話もできるし」
「ないしょ話?」
「うん……プロポーズの言葉、なんだけどね」
「ああ……。――――ん?」

なんだか穏やかではない単語が、不意に彼女の口から放たれた
再びぎょっとして腕の中を見やると、穏やかに微笑んでいたはずの彼女は、いたずらっぽい微笑みに変わっていて、 そんな顔もぐっとくるというか、なんとも可愛らしい―――などと暢気に思っている間に、一発必中の追撃はきた

「昨日はみんなに聞かれちゃったから……ふたりっきりだし、もういっかいだけ……言って?」
「~~~~~~~~っ」





―――昨夜の自分の言動を、俊は心の底から後悔した