・うらぶる:侘しく思う。悲しみに沈む。


* * * * *







「ちょっと散らかってて、悪いな」
「え」

いつも小綺麗に───下手をすれば、言われたほうよりもきちんと整頓された部屋の持ち主は
玄関のドアを閉じるなり、そんな珍しい言葉を口にした





とはいえ、通された部屋には、別段荒れた様子などなく
きょろりと見回してみて、ようやく、彼がそう言った理由を見つけた
隅に置かれた、大きめのバッグ。そういえば、冬休みが始まるちょっと前に
年末から年始にかけて実家へ帰ると言っていたような気がする
そのときも、直近で会ったクリスマスにも、具体的な日程は言わなかったけれど
きっと、その日が近いのだ

彬水は、長期休暇のたび、意外とマメに帰省している
が、故に。何も今が初めてのことではないし、実際、今年の夏にもちょっと長めに帰っていた
それにもかかわらず、なんだかとても胸が痛んだ
休み───自由になる時間───が、夏のそれに比べて短いところ
さらに顔を合わせる機会が限られてしまうからなのか
凍み入るような寒さで、自然と人肌恋しくなるからなのか

もちろん、帰省時に限らず平日だって、それくらい長く会わないときもある
けれど、会いにいこうと思えばいつでも会えるかそうでないか、その違いは大きい
物理的距離は、そのぶんぐっと重く心にのしかかる
図らずも、じとっとした目つきで、何の罪もないバッグを見つめてしまった愛良に
カフェオレをすすめながら、彬水は事務的に切り出した

「帰るのは、あさって───30日で」
「へ? あ……」

慌ててカバンから手帳を取り出す。わざわざ書き留めたりしなくとも、忘れようもないけれど

「戻るのは、4日な。バイトもあるし」
「う、うんっっ」
「電話する……のは、まずいか。多分、夜中になっちまうだろうし……」
「へ、平気。部屋に電話機引っ張っておく、から……」
「じゃあ、できるだけ早い時間に掛ける。……ところで、4日の夕方はヒマか?」
「ヒ……ヒマ! めいっぱい、ヒマ!!」
「……そっか。じゃあ、どっか行くか」

12月30日と、さらにめくって出てきた1月4日に、ぐるっと大きく丸を書くその間に
尋ねたいことを次々と先に並べてしまうあたり、そつがないと思う
唯一、気になる点はといえば、故意的なのかどうなのか
彼が“帰ってから・戻ってから”の予定しか口にしなかったことくらいで

確かに、出発する日はなにかと忙しいものだし、そんな日にまでまとわりつかれるのは迷惑だろう
だからこそあえて触れなかったのかもしれない。けれど

「あ……、あのねっ」
「うん?」
「さ、30日もヒマだから……その、お見送り、とか……」
「………………。見送りは……いいや」
「!!」

そこをあえて触れた愛良の言葉に、眉ひとつ動かさず言い放たれた言葉は
ぐさっと容赦なく胸を突き刺す
勝手なものだ。彼の簡潔な物言いは、その言葉に裏も表もないことを言外に示し
いつもほっとさせられているというのに
今は、なんだか涙がこぼれてしまいそうになったりして

「……う、あ……そ、そうだよ、ねえ……。変なこと言って、ごめんなさい……」
「あ、いや、そういう意味じゃ……ねえから」
「だって……」
「………………っっ」

かろうじて涙はこらえたものの、意に反してたれてきそうな洟をすすった愛良の顔を
しばらく苦々しそうに眺めたのち、彬水は
腕を伸ばし、“抱きしめる”というよりは抱え込むようにして
愛良の顔を自分の胸に押し付けた

「見送られるのは……苦手なんだよ。帰れなくなるだろっっ」
「………………あ」
「……なんで、こう……判り切ってることをあらためて言わせるかね……」
「そ、そんなつもりじゃ……! だって……」

本当に、そんなつもりはなかったのだ。思いもよらなかった
もちろん、さみしいのは自分だけだなどと、いじけた考えも持ってはいなかったけれど
それでも、少なくとも自分よりはうまく気持ちを整理できる人なのだろうと

「……笑うなよ」
「え」

見上げた愛良の顔を神妙な面持ちで見据え、彬水は念を押した
頬に手を添え髪に指を差し入れ、ぼそりと呟く

「たまに、こう……ポケットに入れて、持ち歩きたくなるときがある」
「ぶっっ」
「あ、あのなあ……! こらえる気、ゼロかよ!!」
「だ、だって! 真顔で言うことじゃ、ない〜〜〜〜〜!!」
「………………!!」

ようやくそれだけ言い、しまいには腹を抱えて笑い出した愛良を
彬水はぷるぷる震えながら眺め───たまりかねて、広めのおでこをぺちんと叩いた

「あいたっ。ひ、ひど〜〜〜いっっ」
「……それくらいイカれた考えにもなっちまうって意味だ。思い知ったか」
「う〜〜〜〜〜……、わ、わわ……」

先刻とはまったく別の意味───あまりの笑撃と痛さとで、じわりと涙目になりながら
おでこをさする手をよけ、かわりに彬水は唇を落とす。次いで、ぽかんと開いてしまった唇にも
ちょっと深くなぞられるだけで、簡単に体中の力が抜けてしまう愛良の身を
支えるタイミングすらも絶妙で、そつがない

なのに、根本的な部分は同じなのだ。それが不思議で、たまらなく、嬉しい

「……宿題、きっちり終わらせとけよ」
「う、うん……!」

ある意味そちらのほうが問題なのではいかという言いつけに、元気良く頷き返す姿にふと満足げに笑い
彬水は、セーターをぎゅっと握り締めた手をそっと取り、恭しく唇を寄せた