『暴走』という付加価値を借りた上でのことだとはいえ
自分たちの能力というものは、こんな惨状を作り上げることができてしまうのかと
俊は、ぱかりと大口を開けた空を見上げながら薄ら寒く思った

数々の要因が絡み合った結果として。器を溢れ出てしまった義弟の強大な能力は
魔界、妖精界、そして人間界までをも壊滅に追い込もうとしているらしい
不意を突かれはしたものの、咄嗟に防御の姿勢をとったはずの自分を
あんなにも簡単に吹っ飛ばした彼の目に、生気は無かった

薄ら寒くなったのが、目の前の光景を憂いたが故でなかったのは
自分が、魔界への里心というものを未だ持つことができていないからだ
自分にとってここは、逆に、ここにとっての自分も、後付けの存在でしかない
また、時の流れに変化がなく、退屈過ぎる
或いは、立派な長かどうかはさておき、弟がきちんと治めている───理由は多々あれど
結局のところ魔界というところは、意気揚揚と訪れる理由はなく、じゃあなぜたまにでも足を踏み入れるのかといえば
母が、弟が、弟の家族が、住んでいるから
言い切ってしまうのは語弊があるかもしれないが、ただそれだけの場所だった
故に、義弟を救わなければという焦りは勿論あるが、いまここに居る者たちの中では
ある意味自分が一番冷静に在り続けることができたのだろうと思う

となりで、肩を震えながらもしっかりと我が子を抱いている妻はどうなのだろう
彼女自身、その人生のほとんどを人間界で過ごしたという
自分と同様に、もしかしたら───そう思いかけ、すぐそれを留める
彼女と自分とは、根本的な部分が違うのだ。最終的に何を選びとるかは同じところだとしても
彼女の場合、はじめから明確な順番立てをするようなことはない
だからこそ、いつだったか、自分の本音───この世界への思いが鏡のように映し出されたときに頭を抱えてしまったのだし
それがまったくの出鱈目であったわけではないということを、未だ自分は彼女に対して口にすることができないでいる

「──────あ」

歪む視界の端で、城下に広がる森の一部が消え失せてゆくのが見えた
声を漏らしたのは自分ではない。大体の方角と距離感から彼女も気づいたに違いなかった
以前、やむなく人間界からこの世界へと逃げ込んできたとき
どうしても悲観的な方向に向かってしまう“これから”への展望を切り替えるべく
どうしても深刻な雰囲気に包まれてしまう城を抜け出し
彼女と自分と幼な児と、親子そろってほんのつかの間のんびりと過ごしたのが、あのあたり

彼女の心がぐらりと揺らぐのが判る。涙は多いけれど、どんなときも弱音を吐かないその唇が
“もしもの時”なんて言葉を紡ぎ出してしまうくらいに
そして自分も。たったそれだけのことで、彼女そして腕の中の赤子だけではなく
“だれも”死なせないなどと返してしまうのだ
単純なものだ。そこには自発的意志や使命感などは欠片もなく、ベクトルを変えるのはいつもただひとつ

いま義弟を止めることができる(かもしれない)のは、残念ながらあの娘だけ
祈りながら次の手を考える。援護できるとしたら、或いは最悪の事態を回避するには、修復するには───

ぐるぐると思い巡らすうちに、とうの昔に捨て去ったつもりが、僅かながらに燻ってしまっていた蟠りもすべて消え
逆に、消してはいけない そう思ってしまったその世界を、俊はじっと見つめた