・片割れ月:半月。
* * * * *
生まれてから重ねた年を数え、それをもって年令とする魔界では、誕生日という概念は必要なかったから
今日、自分の誕生日というものを初めて知った
テーブルに鎮座するケーキは、自分と、双子の兄上様と───ふたりの誕生日を祝うべく作られたもの
もともと丸かったそれは、なぜか足早に部屋を去ってしまった彼らによって
すぐさま二つに切り分けられていて
ちょうど、きれいに半分残されたさまは、まるで半月のように見えた
今ごろもうひとつの部屋で食べられているのであろう、もう半分のケーキと、このケーキのように
姿形が似てはいても、彼は、満月にしか見えなかった───実際、半月でしかない自分とは違うのだと
彼は、自分の欲しいものをすべて持っていたから
かつて恋に恋していたころ好きになった娘の心も、母も、自由な生活も
それが美徳かどうなのかはさておき
人間になってしまった直後に彼がとった行動も、決して自分にはできない芸当だ
自分だったら、泣きながらすがりついてしまうかもしれない。いま腕のなかにいる彼女の胸に
かろうじて泣きつくのを堪え、姿を消すことができたとしても
自分を見つけてくれるための手段を封じる───想いヶ池を凍らせる───ことまでは不可能だろう
ああなりたい、けどきっと、ああはなれない
彼は自分にはないものを持っている。持っていない自分は、ただの半月
「ん…………」
激しく愛し合った後の心地よいまどろみから、艶やかな金の髪を揺らしながら顔を上げたフィラは
明るい部屋で、すみずみまで堪能しあったばかりだというのに
ぽっと頬を赤らめ、すぐさま全てを隠すかのようにアロンの胸へ逃げ込む
いつもだったらほんの少しいじわるをして
どこがよかったか、どんなに彼女が綺麗だったか……を、ねちねちと問い熱く語るところなのだけれど
どうも今日はそんな気分にはなれず、もやもやとしたままアロンは、フィラをぎゅっと抱きしめた
「ア……アロン、さま……?」
「フィラ……。フィラはぼくのこと、好きかい?」
「え!?」
何をいまさら。そう大きく頬に掲げてフィラはアロンを見上げる
そして即座に、しっかりとした口調で答えた
「心から、お慕い申し上げていますわ」
「……ありがとう……。じ、じゃあ例えば、どんなところが……?」
「どんなところと言われましても……ありすぎて、とてもひとことでは言い尽くせないのですけど
……どうかなさいましたの?」
「う…………」
どう取り繕ってみても、自分をまっすぐに見つめるその瞳にはかなわない
一瞬ぐっと息を飲み、吐き出して。アロンは、フィラの髪を指に絡ませながらぼそりと呟いた
「…………ぼくって多分、ダメ男だと思うんだ」
「──────は?」
“ダメ男”。そんな、それまで暮らしていた場所では一度も耳にしたことのなかったカテゴリに
フィラは目を丸くする
そしてあろうことか、それを自称しているのは、愛してやまない婚約者
自分にとって彼は、呼称のみでなくあらゆる意味で“王子様”だというのに
「あ、いや、その……そりゃ、力はそれなりにあるけど……ほら
し、俊に比べたらなんていうか……その」
「…………。アロンさまには、アロンさまのよいところがおありですわ」
「全然だよ! だってぼく、あんなふうにクールにはなれないし、食べ物の好き嫌いも多いし、それに……」
その言葉で、フィラはすべてを理解する
同じ血を分け合った兄弟、ましてや、互いの存在がもっとも近しく思われるであろう、双子
それまで全く異なる境遇のもとで生きてきたのだから
そこで培ってきた、ものの見方や考え方が異なるのは当然のことだけれど
下手に立場が近い分、比べてしまうこともあるだろう───或いは、妬んでしまうことも
アロンに言わせれば自分の劣った点、フィラにしてみれば取るに足らない点を、続々と挙げ続ける唇を
人差し指でそっと押さえ、ようやく止まったところで唇を重ねる。先刻までとは異なり、ごく軽く
下手をしたら泣き出してしまいそうな顔で見つめるアロンをよそに、フィラはにっこりと微笑む
「それを言ったらわたくしだって……蘭世さんと比べたら。もっといろいろお勉強しないと」
「!! そ……そんなことないよ! フィラには、フィラのよいところがある!」
「全然ですわ。だってわたくし……あんなふうに誰に対してもお優しくはできませんし、満足にお料理もできませんし」
過去のことを、すっかり忘れてしまったかというと嘘になる
本音の部分もあるとはいえ、ここでこんなたとえをしてしまうのも、ちらりと様子を伺うのも
いささか気が引けはしたけれど
自らそれを口にできるようになるほど、今の彼は自分への愛を惜しみなく示してくれているのだ。たとえばこんなふうに
「フィ……フィラはフィラのままでいいんだよ!!」
「…………アロンさまも、ですわよ?」
「あ」
全力での否定に、笑顔のまま眉ひとつ動かさず答えたフィラを、目を白黒させながら凝視して
アロンは、照れたように笑った
「ずるいなあ……」
「まあ、ひどいわ。本当のことですのに」
「…………う、ん……。でも……」
その笑顔は、はかなくかき消される。再び暗く沈みゆく瞳を見つめながら、フィラはふっとため息をついた
「……アロンさまといると、わたくしはとても安心できるのです」
「………………」
「気がついていまして? アロンさまの周りにいる方は、みな笑顔。……アロン様は、太陽のような方ですわ」
「フィラ……」
「いつもわたくしのことを照らしてくれて、ありがとうございます」
「…………。フィラの、おかげだよ……」
「あらあら……」
と、アロンはフィラを身動きできないほど抱きすくめ、ずるずると身を捩りながら
豊かな胸に顔をうずめた
あのときも、こうして。自分の出生の秘密を知ったとき、二千年前の自分も弱い人物だったのだと知らされたとき
いじけるしかできなかった自分の欠けた心を、まんまるにしてくれたのは、他でもない、彼女だった
たとえ人として未熟であっても、たったひとりのそのひとを幸せにできるのなら、充分すぎるくらい幸せなのだ。それでいいのだ
「ケーキ……いただきましょうか?」
ゆっくりと胸元から顔を上げたアロンの乱れた前髪を直しながら、フィラは微笑む
その手を取り、細い指に指を絡めつつアロンはフィラの唇に唇を重ねる。先刻とは異なり、濃密に
「…………もう少し、フィラとこうしてたい……」
「ふふ……。わたくしも、ですわ」
もちろん、こうして“だけ”でいるつもりなどない。確認するまでもないその問いに応えるように
フィラはそっと目を閉じ、再び胸元に落ち着いたアロンの頬を撫で───ちろちろと漂い始めた舌の熱さに酔いしれる
片割れ月は満ち足りて、明るく輝く。太陽のように、あたたかく