・穢らふ:穢れる。喪に服す。死ぬ。


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出かけるまぎわ、鏡に向かって、にっこりと微笑むことができたなら
彼にもきっと最高の笑顔を向けられる。きっと彼も笑ってくれる───その日はとてもいい日になる

そんな、いつもの朝のジンクスは、昨日でおしまい
もう自分には、彼に笑顔を向ける資格などないのだと
“いい日”なんて、もうやっては来ないのだと
誰あろう、彼自身に否定されてしまったから

死んだような目というのはこういうものなのだろうと
目の前の鏡に映る自分のそれを見て思う

ずっと憶えていたいから、記憶を消したりしないで───あの戦いの直前に口にした、そんな台詞は
自分は絶対に置いていかれることはないのだと踏んでいるからこそ言えた、きれいごと
あさましいほどの自意識過剰は、彼の“迷惑”だというひとことで、あっさりと砕け散った
なにもかも悪い夢であればいいのに この期に及んでそんなことを思う
眠れるはずもなく、空が白み夜が朝になる瞬間を窓からずっと見ていたくせに
こんな時でも、誰時星はひときわ明るく輝いた





彼が示したのは、明確な“拒否”のみだったから
なにがいけなかったのだろう。そればかりを考えた
そして、自分はもらうばかりで、彼のためにできたことはなにひとつないのだということに気がついた





彼自身のことが好きだと言いながらも
種族の、与えられた命の長さの違いなんて関係ないと言いながらも
結局は笑って泣いて安堵してうろたえて
過酷な運命に否応なくふりまわされた彼の気持ちに、本当の意味で思いを馳せることもなく
彼が魔界人であったことを知って、自分との距離が近くなったことを一瞬でも喜んでしまったのは誰だろう
彼が人間になってしまって、彼と自分との間に距離を感じ、哀しくなってしまったのは?

いちばん辛かったはずの彼が、一度だって、自分に対して弱音を吐いたことがあっただろうか
言えなかったのだ
いちいちぐらぐらと揺れる自分を知っているから
──────結局は“言わせなかった”のだ

そのくせ、ありのままの自分を認めて、そばに置いてほしいだなんて言ってしまうのだから
勝手なものだ
愛想をつかされるのは、時間の問題だったのかもしれない





死んでも忘れたくはなかった筈の記憶は
ひとつ思い出すたび、涙をひとつぶ押し出して
嬉しいとか楽しいとか、プラスのものだけではなく、すべての感情───そして多分それは彼からもらったもの───が
涙に溶けて、流れていってしまったような気がする
それくらい、今の自分はからっぽだ



今でこそ、勘違いも甚だしいけれど
自分という存在は、彼だけのためにあるのだと思っていたから
置いていかれてしまった今、たとえば

笑顔って、どうやって作るものだっただろう

そんなことすら、わからなくなってしまった



ようやく身につけた制服が、むしろ自分自身がひどく重く感じられる
しっかりしなきゃ。口にした本人よりももっとからっぽの言葉が
むなしく漂い、消えてゆく