・蜘蛛の振る舞い:蜘蛛が巣をかける動作。恋人の来る前兆だと喜ばれた。
……ですが、お題の響き(と、イキオイ)だけで作った話です……orz
* * * * *
その主張は、突然といえば突然のことだった
「そうだ真壁くん、わたしね、マッサージを覚えたのよ」
「へえ?」
多分、そのときテレビで流れていたリンパがどうたらという特集に反応したのだろうと思う
両手でくにくにと揉みほぐすそぶりをしながら、なんだか小難しい説明を始めた
「やっぱりね、体の内部に老廃物がたまってしまっているのは、良くないことなのよ」
「へえ……」
「真壁くんはちゃんと運動してるから、油断してるでしょ? でもね
さらにリンパの流れに沿ってマッサージしてあげることで、疲労物質が流れていって、疲れもとれて……」
「へえ…………」
「繰り返すことで、疲れの取れ方も変わってくるの。それにね、体調もよくなるのよ? で……」
「……………………」
「でね、でねっっ………」
と、蘭世はここで言葉を止め、いつも以上にキラキラと輝く目で俊を見つめた。じっと。じーっと
力説には申し訳なく思いつつも、その必要性はあまり感じられない
けれど、なにやら妙に楽しそうな彼女の練習台になってやることくらい、朝飯前のこと
とはいえ、露骨にそうは言えないのであろう彼女の代わりに俊は、苦笑しつつそれを申し出る
「…………やりたいんだろう」
「うん!!」
蘭世はがくがくと首が取れそうなくらい頷いた
そしてすぐさま立ち上がり、押入れからいそいそと布団を取り出し敷き始める
勝手知ったる俊の家、風呂場へ行ったかと思うとバスタオルを手に猛ダッシュで戻ってきて
「じゃあね、横になってくださーい」
「はいはい」
と、布団の上にさらにバスタオルを敷いたあたりを蘭世は指差した
こんなことでここまでご機嫌になってくれるとは。頬の緩みを押さえ切れず俊はおとなしくその言葉に従う。従おうとしてその動きは固まる
「──────あ、シャツとジーンズは脱いでねっ」
「へ?」
そのままごろりと転がろうとした俊に、きわめて事務的に告げながら蘭世は、カバンの中から
なにやら怪しげなチューブやら小瓶やらを取り出し始めた
一瞬、言葉の意味が把握しきれず俊は、念を入れ繰り返し問い返す。できれば聞き間違いであって欲しいところなのだが
「シャツとジーンズは……って、おい、パンツ一丁か!?」
「そうよ───。あ、靴下も脱いでねっ」
「…………………!?」
やはり聞き間違いではなかった現実に、口をぱくぱくさせた俊を尻目に、蘭世は台所へと走り
ポットの湯でタオルを数枚ぬらして運んできたりする
なんだその手際のよさは。そしてその動じなさは。そう突っ込みを入れる間もなく
あれよあれよと彼女の言うとおり、下着一枚というなんとも情けない格好で
蘭世の施術を待つことになり──────
「……あ、この辺にちょっとお疲れがたまってますねっ」
「………………はあ……」
ふくらはぎの中心あたりを親指でこりこりと押しながら、蘭世はくすくすと笑いながら言った
気持ちいいのはいいものの、俊においては笑う余裕などない
かろうじてバスタオルを腰の辺りに被せてもらったものの、それは隠すためとかそういう意味ではなく
純粋に冷え防止。いつもの恥じらいはどこへやら、こんな度胸があるのなら、逆に服を脱がす局面においても
もうちょっと協力して欲しいものだ
「じゃあね、今度は膝から上ね」
「…………ああ……、ああ?」
と、言うが早いか蘭世は、自然に開いた俊の脚と脚の間に腰を下ろした
いったん俊の膝を曲げて立て、そのまま膝を押す形で両脚を開く
「ん?」
「……い、いや……。…………っっ」
飛び上がらんばかりに驚いた。真面目さゆえに、恥ずかしいとかその手の感情が消えているにしても
この動作は流石にわが目を疑う。打って変わって蘭世のほうはといえば、暢気に鼻歌など口ずさんでいたりして
先ほどカバンから取り出していた小瓶を開け、とろりと手のひらに中身を出す。どうやらあれはオイルだったらしい
なんて用意周到な……と思いつつ、自分から言い出そうがどうだろうが、結果的にはこういった状況に至っていたのだろうと
俊はこのとき悟った。あくなき探究心と向上心と、ほかならぬ自分への気遣いから、であるのだが
しゅるしゅると掌をすり合わせなじませた後、その腕はおもむろに俊の腿に伸びる
華奢な腕ではあるが、引き続き適度な強さで俊の腿を揉み上げた
よくよく考えてみれば、この眺めも状況も、そうそうあり得るものではない
蛙のように開いた自分の脚のど真ん中に陣取った彼女が、ほんのり顔を赤らめつつ(結構力を込めているらしい)
ねちねちと、オイルの、聞きようによってはえらく隠微な音を立てながら
膝裏から内腿を辿り脚の付け根まで、ときに手のひら、ときに指先を往復させ
たまに動きをとどめ、くんっと力を込めつつ薄く息を洩らす、だなんて
ありがたいことに、ご厚意どおり筋肉がどんどんほぐれていくのが判るし
オイルやらなにやらの、やさしく漂う香りのリラックス効果も相俟って
目には見えないリンパの流れとやらも、多分いつも以上の順調っぷりでぐるりぐるりと巡っているに違いない。が
それとは裏腹に、二次的に派生した視覚的聴覚的効果のせいで、一部というか局部的に
どんどん固さを増していってしまっている箇所が、確実にあるのだ。ちょうど彼女の目の前あたりに
「ふう……っ」
「………………」
まったく持って普通についただけの息づかいすら、なんだか艶めかしい
他意などなく、自分の疲れを癒したい。ただそれだけのために、おそらく彼女自身には必要のなさそうな術を覚え込み
そして今、額に汗を浮かべるほど懸命になって施してくれているというのに
それを受ける当の本人は、その姿を眺めながらあらぬ方向に意識を持っていかれているだなんて、不謹慎にも程がある
けれど、どうにもこうにも止まらないのだ。よからぬ意識もそっちの事情も
たとえば、パンツ一丁で転がされているある意味屈辱的なこの状況も、深く関わっているのかもしれない
何かがおかしい。凌辱趣味は、するのはともかくされる方には興味がないつもりだったのだけれど
「───はいっ。じゃあ次は、うつぶせになってねっ」
「う、え!!」
「へ?」
思わず声が裏返ってしまった俊を、蘭世は訝しげな目で見た
「や、その、なんだ……。うつぶせは今、ムリ。背中は……いい」
「え〜〜〜〜っっ。なんでぇ!? ……あ、もしかして、痛かった?」
「いや、痛くはない……。なんで、と言われても……困る」
よもや、痛いどころか別の感覚に引きずり込まれそうだったなどと、本当のことは言えない
「じゃあ……、続けよう? 中途半端になっちゃうようっっ」
「………………」
むっくりと起き上がり、床に畳んであるシャツを取り、バスタオルの上からさらに諸悪の根源を隠した俊の気も知らず
蘭世は蘭世なりに、全くの善意から“続き”を勧めてくる
そりゃまあ、確かに。体の前面だけ力を加えほぐしたのでは、なにかとバランスが悪そうだ
けれど、物理的に無理なのだから、いかんせん仕方ない
──────と。俊の胸のうちで、“よからぬ意識”が別の方向へと膨らむ
「……じゃあ、もう少ししたら、頼む。それまで、おまえの脚もマッサージしてやるよ」
「え? い、いいよう、わたしは……」
「すげえ気持ち良かったから……してもらってばかりじゃ何だし。変わりばんこなら、いいだろう」
「……! う、うんっ!!」
そんな、爽やかに笑いながらの俊の提案に従って蘭世は、ぱあっと幸せそうに笑いながらいそいそと横になった
俊の衣裳は積極的に取らせたわりに、自分は服を着たまま寝転がるのはきっと、“軽くでいいからね”のしるし
無謀にも無防備に術を待つその足先へ向かい、遠慮はいりませんよむしろ逃がしませんぜ、とばかりに忍び寄る俊の真意に
蘭世が気づくことになるまで、あと数十秒