・筆の海:書いたものの多い事の例え。
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クリスマスが終わったと思ったら、今度は一気に年末年始ムード
くるくるとその色合いを変える街並みを眺めながら、ぷらぷらと歩いていたところを
ふとなにかを思い出したように蘭世は、あ、と声をあげ
心から申し訳なさそうな顔をして、一箇所だけつきあってほしいと言った
例えば、どちらを買おうか迷っている服を試着した姿をそれぞれ見極め
こっちがいい 等々、鼻の下を伸ばしながらアドバイスさせるなどという真似だけは勘弁してほしいけれど
それ以外であれば、人の買い物につきあうのは嫌いではない
それに、彼女がひとりのときにはどんな場所へ行っているのかというのは
少なからず興味のあるところだった
いそいそとついていくと、彼女が足を止めたのは、とある雑貨店内の文具スペース
その点に関しては、決して人のことをとやかく言える筋合いではないが
彼女に、文具というカテゴリは、全くもってそぐわないように思える
意表を突かれ、ただ店内をきょろきょろと見回してしまった俊を尻目に
蘭世は、ずらりと陳列された棚から次々と手に取り、眺めはじめた。それは
「日記……?」
「うん。子供のころからずっとつけてて……。そろそろページがなくなっちゃいそうだから」
「…………」
意外といえば意外だったけれど、らしいといえばらしいのかもしれない
言われてみれば、以前、彼女の家に居候していたころ
部屋を訪れると、たまに机の上に、目の前に並ぶものと似た冊子が置かれていたのを
見たことがあるような気がする
「きっかけはね、文字の書きとり練習だったの。ほら、わたし、中学校より前は家でお勉強してたから……ね
おとうさんに見せて、文字のおかしいところとか直してもらって……しばらく親子で交換日記してて」
「へえ……」
その瞬間俊の脳裏には、その日のできごとを一生懸命書く小さな彼女の姿と
それを目を細めながら読み返事を書いたのであろう、彼女の父の姿が浮かんだ
……確かに。なじんでいるというか、なんだか妙にほほえましく思える
「……で、しばらくして、自分のためだけに書くようになったんだけど
もう、習慣というかくせになってるのね。毎日書き留めないと落ち着かないっていうか……
あ、これかわいいっ」
と、蘭世は、ずらりと並んだ棚から目星をつけた一冊を手に取る
小ぶりな花柄の手織り布で装丁されたそれは、彼女らしいセレクト
けれど、華奢な手にずしりと圧し掛かるような、重量感あふれるその厚みに、俊は目を丸くした
「……また、ずいぶん厚いやつ……だな」
「エヘヘ。……でもね、これくらいじゃないと、一年もたないのよねえ……」
「そうなのか!? すげえな……そんなに、なに書いてんだ?」
「!!」
はにかみながらも当然のことのように返された答えに、さらにびっくり
思わずまじまじと見やってしまった俊と、目と目が合ったその瞬間
蘭世の頬は一気に真っ赤に染まる
「な、なにって…………」
「え」
「……っっ。な、ないしょ! これ買ってくるから、ちょっと待ってて! ねっっ」
「え……。お、おい……」
返事もそこそこに蘭世は、日記帳を手にぱたぱたとレジの方へ駆けていってしまった
そんなにキツい言い方をしてしまっただろうか
自分が同じことをしたとしても、確実に三日坊主(三日も続けば御の字だ)で終わるであろうから
その秘訣を、軽い気持ちで尋ねてみただけのつもりだったのだが
「………………」
怒ってはいないらしい……多分。それだけが救いだ
心なしかしゅんと肩を落としつつ、俊は言いつけどおりその場に立ったまま
会計の列に並ぶ蘭世の背中を眺めていた
一方、蘭世のほうはといえば
「(……はあ……。絶対あやしんでる、よ、ねえ……)」
カバンから財布を取り出し小銭のチェックをしつつ、元いた場所を振り返ることもできず
深くためいきをついた
まさかそんなツッコミがくるとは思わなかったのだ
話題に出すとしても、さらりと流してくれるだろうと勝手に踏んでいた、のに
書かなければ忘れてしまう、そんなはずもないのに
それでも書き留めておかなければ気が済まないことなんて、ひとつしかない
一方的なものではなく、しっかりと通じ合った形になれば、少しは落ち着くのではないかと思っていたのだ
けれど実際は、落ち着くどころか、綴るページは日々増えていく一方で
──────そんなこと、言えるわけがない
書いても書いても足りないくらい次から次へと溢れ出す想いがある、だなんて