──────あれれ……

英語の辞書を借りにやってきた俊と、それを手渡した自分との距離があまりに近いことに気づいて
彼女は思わず後ずさった

「………なんだよ」
「“なんだよ”って……。だって」

授業と授業との合間の10分間とはいえ、廊下の人通りは意外に多い
ある意味、学園一の目立ち加減を競うこのふたりだから
彼女のクラスの前を通る面々は、ちらりちらりとこちらに目をやって通り過ぎていき
──────結果

「いろいろ言われたりしたら……いやでしょう?」
「……………」

確かに
自分のことを無遠慮に詮索されるのが何より嫌いで、入学早々怒鳴り散らした過去を持つ彼は
決まり悪く口をつぐんだ
けれど、実は彼にとっての問題は、そこではないのだ



落ち着いて学園生活を過ごしていくうちに、ひとつ思い知らされたことがある
自分自身も去ることながら(尤も、彼にとってはそんなことどうでもいいことではあったのだが)
目の前の相手も、必要以上に人目を引く存在だったということ

かろうじてこらえてはいるものの、ふわりと微笑まれたらただそれだけで実は
エンジン全開になってしまいそうな容姿に加え
誰に対しても分け隔てなくその優しさをふりまくとあっちゃ
背後から自分が睨みを利かせているつもりでも、おまえ誰だ的な生徒の口端にまで
彼女の話題が好意的な意味で上る機会が増えており
それだけならまだしも、実際に勘違いする輩も出てきているのだ

彼女と、一部の、不本意ながらも友人と呼べる相手と。それ以外は徹底して拒絶している自分には
到底真似できない美徳であり、この上ない心配の種でもある彼女の内面的美しさには
誇らしく思いつつも、心中穏やかでは在り続けられないというのが、正直なところ

自分以外の奴に優しくするな などと、彼女に対しては口が裂けても言えない
ならどうするかと問われれば、答えはおのずとひとつに絞られる

すなわち、周りに彼女と自分との関係を認識させること───ただそれだけ

「…………まあ、いいや……サンキュな」
「(………!! ま、ままままま、真壁くんっっ!?)」

公衆の面前だというのに、ぽんぽんと軽く頭を撫で、悠々と去って行く俊の姿に彼女は
めいっぱい焦り、とはいえ大声を出すわけにもいかず、胸のうちで叫んだ
彼女のそんな努力もむなしく、教室の中からふたりの様子をチラ見していたクラスメートたちの間で
小さなどよめきが上がる



例え好奇の目・勘違いした輩のアプローチがあったとしても
自分がそうであるように、彼女の心変わりがあるなどとは微塵も疑ってはいないのだ
それでもこうして、彼女にとっての自分という存在を周囲にアピールしたがるのは
単に、異常なまでに高い独占欲ゆえであるということに彼自身が気づくのは、もう少し後になってからのお話