「おかあさん……ぼく、このカッコ………やだ」
「あらっ」
その日、真壁家の面々は、魔界の王たるアロンの主催するパーティーに招待されていた
まがりなりにも公式の場ということで、当然、服装も正装であることを要し───
郷に入っては郷に従え。魔界の正装といえば例のアレなのであるが
もともとあの手の格好が嫌いではない蘭世はともかく、そうではない彼は
得意のひと睨みで、人間界の正装であるスーツでの出席権を手に入れ
その分、何も知らない息子の卓に、例のアレの着用役が回ってきたのだった
その全景を見た瞬間、卓の顔が引きつったのが判った
そりゃそうだ。お姫様になりたいと願う女の子はいても、王子様になりたいと願う男の子なんて
いまだかつて目にしたことがない
それでもしぶりしぶり卓は用意されたそれに袖を通し───マントをつけようとした瞬間
こらえきれずつぶやいてしまったというわけである
「や───ねえ、卓ったら! すっごくかっこいいわよ? ほら、アンパンマンみたい!」
意外に本気で言っていたりするから、なおタチが悪い
身の置き場に困り目を逸らすと、同じことを思ったのか、卓も微妙な表情を浮かべていた
「………アンパンマンじゃなくていいもん………」
「あ……あれ? じゃあ、しょくぱんマンさん?」
「……………。タイツなんて、おんなのこみたい………」
かなりズレた母の台詞をさらりと無視し、卓は要点のみを的確に提示する
半ズボンだけならまだしも、白いタイツというのは
子供ながらに羞恥心をこの上なく刺激されるのであった
「そんなことないわよ! だっておとうさんも昔、ちゃんと履いたのよ?」
「!!」
いきなり話の矛先が自分に向き、彼は飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになる
思い出したくもないその日の自分の姿と心境とが、妙に鮮やかに蘇ってきた
え? と、意外そうな顔で卓はこちらを振り返る
「よ……余計なこと言うな! そんな話は今しなくてもいいだろう!
卓も! さっさとおかあさんの言うことを聞いて着替えろ!」
「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ」
「あなたったら……。いいじゃない、ホントのことなんだし」
自分が“正装”を断固拒否したことを、卓に知られていないのが唯一の救いだった
いやいやと首を振りながらも、父親の意見は絶対のようで
半泣きになりながら、マントと自分とを見比べる
問題なのは、何を言い出すか判らない能天気な口のほう
思えばあのときだって、明るく笑い飛ばしてくれればこっちもそれなりの対応ができたのに
あろうことか、心の底からの賞賛およびハートマークを投げつけたりしたから
余計、気持ちのやりようがなくなってしまったのだ
「そうね……ちょっと、待ってなさい、卓」
「え?」
予想に反し、蘭世は短くそう言い置いてくるりとその場を後にする
取り残されたふたりは顔を見合わせ───後ろめたいながらも心からの慰めの言葉を告げようとした瞬間
なにかを大事そうに抱え、蘭世が舞い戻ってきた
「卓! いいもの見せてあげる。いらっしゃい」
「いいもの?」
「?」
蘭世が手にしていたのは、厚めのアルバム。彼もそれはあまり目にしたことがないものだった
思わず身を乗り出すと、蘭世はにっこりと笑う
「じゃ──────ん! おかあさんの秘蔵のアルバムで───す!!
おとうさんの写真もいっぱいよ♪」
「!!??」
ぱらぱらと足早にめくられていくページには、中学校の臨海学校やら高校のボクシング部やら
なつかしい景色が並んでいるのが見て取れ
急にその速度が落ちたページ周辺には、誰が撮ったのか、アロンの結婚式と思しき写真がずらりと並び、そして
「!! お……おま、いつの間に写真まで撮って……!!」
「ほ───ら卓、見てごらんなさい? おとうさん、かっこいいでしょう?」
「う、え……………」
彼の訴えには答えず、変わらぬ無邪気な笑顔で蘭世はアルバムを卓の目前へと広げる
ただならぬその場の空気をいち早く察した卓は、おろおろと両親の顔を見た
「おいっっ!! や、やめ…………!!」
「もう、あなたってばっ!! 親はいつでも自分の子どもに、ありのままの姿を見せなきゃいけないのよ!?」
ぴしゃりと一喝しつつ、蘭世はばばんとアルバムを全開
隅から隅までそれを凝視し、ごくりと息を飲んだ卓が、心持ち哀れむような瞳で彼のほうを見やる
「……………………!!」
その直後、真壁家のリビングには、断末魔のような叫び声が響いた