「う────っ、さむいっっ」

服を脱いだ瞬間、脱衣所のひんやりとした空気が肌に絡まる
あのあと、夜も白むころ言葉少なに帰ってきて
変わらず降り続ける雪で冷えた体に追い討ちをかける

寝静まった家に響かないよう、注意深く風呂場の戸を開け、閉じて
ゆっくりとシャワーからお湯を流し、適温になるのを待つ
側面の壁に掛けられた、大きな鏡には
風呂椅子に座りお湯に手を掲げた自分の姿が映し出される
いつもならさほど気にならないその姿が、今日に限って妙に気になるのは
自分以外の誰かがそれを目にするということを、現実として受け止めてしまったためなのかもしれない

「……う─────ん………」

我ながら貧相な体つきだと思う
言葉を選んで言うならば、“女らしい”というよりは、女の子らしさを色濃く残した線の細さ
かろうじて、出てはいけないところは出ずに済んでいるが
出るべきところのボリュームが、あまりに控えめすぎる

「もっと……こう、ぼん・きゅっ・ぼーん! と……。…………はあ………」

体の側で、“ぼん・きゅっ・ぼーん!”の理想的な曲線を描いてみて
ものの見事に空を切った自分の手に蘭世は深くためいきをつく
同年代の女性と比べても、その高低差は明らかで
同年代の男性にしてみれば、その差分にいくばくかの夢や楽しみが潜んでいるのだろうと思うのに

「こ……こんなんでほんとによかったのかしら……真壁くん………」





その名を口に出した瞬間に
時間でいえばほぼ二時間前の彼と自分の姿が、一気に脳裏に蘇る
とはいえ、まともに目を開き続けていられたのは
ブラウスに手を掛けられた前後までだから
映像として残っている姿は、ところどころのこま切れで
目よりもむしろ体全体の感覚が、その挙動をこと細かに伝えてきた、長いような短いようなそのひととき

シャワーの湯よりも熱い肌が、もつれるように肌に添ってその熱を移し
自分の声とは思えないような高い声を上げて
脳天に届くほどの痛みでその存在を示しながら
自分の中、奥底で何かが脈打つのを感じ
何度も、何度も、自分の名が譫言のように呼ばれるのを聞いていた

「う………は……〜〜〜〜〜〜〜っっ」

のぼせたわけでもないのに、みるみるうちに高潮していく頬を押さえる

それなりの年月を重ねたけれど、呼ばれるのはいつも苗字の方で
現に、家の前まで送ってくれた道程でも
ぽつりぽつりと交わした言葉のなか、一度だけ『江藤』
けれど本当は、彼の中ではすでにずっと『蘭世』だったのかもしれない

生まれてから今までつきあってきた自分の名が
他の誰でもない、彼の唇から紡ぎ出されたその瞬間に
ぐっと重みを増し、命を吹き込まれたように思えてしまう





ひとしきりもんどり打って悶えた後もなお、荒い吐息が耳元に鮮やかに残り
胸の奥からじんわりと、あたたかいようなくすぐったいような感覚が広がっていく

「来週……かあ……」

それまでに、果たしてまともに顔を向き合うことができるようになるのかどうか
それ以前に、明日どんな顔をして会えばいいのか
そんなことに思いを馳せながら蘭世は、あのときずっと絡めていた細い指に唇を寄せる
しゃわしゃわとあふれる湯が作る湯気が、やさしく蘭世を包み込む