「(──────あ)」
今日のトレーニングはお休み。とっとと帰ってメシ食うぞ───と意気込み、チャイムと同時に教室を出ようとしたところ
担任に捕獲され、テンプレどおりのお小言をくらうこと少々
(とはいえ、トレーニングのある日を避けて説教するあたり、ああ見えて担任はなかなか人間ができていると思う)
いつものこととはいえやはりやる気もそげ、たらたらと帰路についたところ、俊のはるか前方に、見覚えのある後ろ姿が見てとれた
まっすぐの、腰まで届く長い髪
のちに、最大のライバルの目をもってしてもバックシャンと称えられることになる、しゃっきりとした立ち姿
いつもは、となりで座る・歩く姿か、あるいは後ろから追いかけてくる姿か。ほぼ、そのどちらかしか目に入る機会がないけれど
一度目にすれば、ある意味忘れることのできないその姿の持ち主は
彼女の家は、こちらの方角の───古くからある、近所でもちょっとした有名どころの───洋館だという
もっとも、悪ガキどもの間では、その一種独特な雰囲気から、幽霊屋敷に違いないともっぱらの評判で
ご多分にもれず俊もそう思っていたクチだから、それを聞いたときには驚いた
門や庭は美しく整備されている様子なのに、いつ見ても静寂に包まれ、まったくもって人気の感じられない建物
雨の日などは、にじんだ視界のなか、壁に這う蔦がこれまたいい感じにおどろおどろしさを醸し出した
札つきのワル・一匹狼で通っている彼だから、他の誰かには口が裂けても言えないけれど
そこだけ自分の住む場とは切り離された空間のような、あるいはそこが異次元・異世界とを繋ぐ扉ででもあるような
そんな幻想的なイメージを抱いてもいた場所から、ある日突然やってきた彼女は
──────やっぱり変なやつだった
『真壁くん、いっしょに帰ろう?』
満面の笑みをたたえながらごく自然にさらりと言い放たれた、強烈な違和感を備えるその台詞を聞いた瞬間
俊は、身も心も思いっきりずっこけた
気を取り直し、多少の誇張表現も織り交ぜつつ、丁重にお断りしたつもりが
判っているのかいないのか、それ以来いつもちょこちょこ後ろをついてきて、気がつけば隣に並んで
学校からの道のりを、彼女の家へ・俊の家へと分岐する曲がり角。当然のことながら、少し前まではひとりで歩いていたその距離を
再びこうしてひとりで歩くのは、そういえば久しぶりのことだ
たらたらと歩くその歩調が、無意識のうち、速めになりつつあることに気づき
慌ててその場に立ち止まる
てくてくと歩くその歩調をしばらく見やってから、改めて歩き出してみるものの
彼女とのコンパスの差を確実に上回る勢いで、どんどんその距離は縮まっていく
「……………!?」
誰かと並んで歩く、しかも女。そんなの、鬱陶しいことこの上ない。心の底からそう思っていた筈なのに
今この瞬間の、体が心に伴っていない自分。その事実に気づき愕然とした
もしかしたら彼女のほうが、自分のペースでゆっくり歩いているのかもしれない。きっとそうだ
何の遠慮もなくどかどか大股で歩いてしまえる彼とは違う、女の子なのだから
けれど、彼の隣を歩くときの彼女には、別段、急ぎ足であるような様子は見られない
だったら、その隣で彼女自身の速度に合わせて、いつも歩調を緩めていたのは誰?
“はるか前方”から“ほんの少し向こう”へとその位置を変えた彼女が、突然、ふと何かに気づいたように立ち止まる
その視線の先にあるのは、道端のアルミフェンスから豊満な枝を覗かせる、花も盛りのブーゲンビレア
そっと指を伸ばしその葉に触れて、鼻先をうずめて匂いをかいで
ちょっと離れて、改めてその見事な枝ぶりをきょろきょろと端から端まで愛でて
「──────あ!」
「!!」
自然にこちらを振り返る格好になり、その延長線上に立ち尽くす俊の姿に気づいた彼女は
ぱっと光が射したような微笑みを浮かべた
即座にぱたぱたと駆け寄る姿を眺めながら、俊は
偶然とさりげなさと、さも自分も今気づきましたと主張する表情を装うべく、持ちうる全ての力を注ぎ込んだ