「真壁くんの都合のいい日に合わせるからって、みんなが」
「…………は?」
邪気のない笑顔で言い放たれたその言葉(特に末尾)を聞いた瞬間の自分は
まさに、鳩が豆鉄砲───威力はマシンガン並み───をくらったような顔をしていたのではないかと思う
事の発端は、極めてさりげなさを装い話題を切り出した夏の予定だ
オブラートに幾重も包み、且つ、超カーブ球で繰り出したつもりだった誘いの台詞は
どうやら消える魔球だったらしい
“二、三日ならなんとかなる、から” その表面上の意だけをがっちりキャッチし
彼女は、前もって友人達と組み始めていたという予定を心から嬉しそうに挙げた
河合家ご提供・プライベート・ビーチか、神谷家ご提供・山中の別荘か
厳正なる協議の結果、現状、前者が最有力候補地となっているのだという
夏休み中も、変わらずバイト漬けボクシング漬けの毎日ではあるけれど
それこそ夏休みならでは、開放的なテンションにまかせ、ささやかではあるけれどどこかへ繰り出すべく
なんとか予定を空けようと思っていたし、実際、半ば無理矢理に目処をつけた
それというのもただひとつ、目の前ににこにこして座っている存在とともに過ごす時間を
少しでもより長く・より深く持ちたかったが為
だというのに
なにが哀しくてそんな貴重なひとときを、ゆかいな珍道中なんぞに充てなければならんのだ
「……………」
まずはじめに、日野の顔が浮かんだ
みんな仲良く楽しくランランランだなどと、しれっと言いだすのはきっとあいつくらいのものだ
けれど意外な大穴として。これは最近知ったことなのだが
彼とセットのお嬢も、なかなかに空気を読まないキャラだったりする
後者のほうは、まったく悪気がないからなおのことタチが悪い
………って。諸悪の根源が誰なのかもタチの悪さの度合いも、この際どうでもいいのだ
今の俊にとって最大の課題は、放っておけばどんどん斜め上にねじ曲がっていくに違いないこの現実を
いかにして初志貫徹の形に軌道修正するかということであり
他でもない、その最大のカギを握るはずの彼女は、みるみるうちに沈んでいった俊の頭頂部あたりを
きょとんとした顔で眺めながら続けた
「どうか、した?」
「………いや、別に………」
全身全霊で深々とため息をつき、ようやく俊は顔を上げる。ここでめげたら、すべてが終わる
「ところで……なんでそんなおおげさな話になってるんだ」
「おおげさ?」
「いや、その………集団でどこか行く、とか」
おっ、と俊は思う。言葉を選んだ部分に食いついてくるとは、脈ありということだろうか
ここで深意を汲み取ってくれたらしめたもの。自分を奮い起こしつつ、冷静に、冷静に
一方、彼女の返答はといえば
「ああ! ………ほら、日野くん……今年卒業でしょ?
きっと冬休みは忙しいだろうし、まだ余裕のある今のうちにみんなでどこか行きたいね〜って」
「………………」
「…………って。ちょうどみんなが集まったときに言ってみたら
ゆりえさんと神谷さんが、張り切ってセッティングしてくれたの
特にゆりえさん。おうちの方に、送り迎えもしてくれるよう頼んでくれたんだって」
「!! おいちょっとまて、“言ってみた”って…………」
──────あろうことか、諸悪の根源は
「………おまえだったのかよ………」
「え? うん、言い出しっぺは、わたしなんだ
でね、アロンとフィラさんにも声掛けてみたの。そしたらすっごく喜んでた……楽しみにしてるって!」
「………………」
がくり、と
今度こそ体中の力が抜けていく気がした。いつもなら耳に心地よく響くその嬉しげな声に、軽く眩暈すら覚える
そりゃ楽しみにもするだろう。いいように彼女に振り回される自分の姿(しかもつい先般までは
自分が振り回すほうの立場だったというおまけつき)は、彼らにとって格好の娯楽であるに違いない
そんな被害妄想のカタマリのような心境のもと、頭を抱えてしまった俊を、彼女は心配そうに覗き込んだ
「ま、真壁くん? 頭……痛いの?」
「いや………」
「ホントに?」
「………………。………なんで、“みんなと”なんだ………」
「え? なんでって……だって、折角できたお友達だし……素敵な思い出作りたいじゃない?」
痛くさせてるのは誰だ。そう言いたいのをぐっとこらえ、本題のみ、しかもとうとう直球に打って出た俊の言葉にさえ
これでもかとばかりにずれた焦点で返って来る彼女の言葉は、多分、すべて心からのものなのだろう
それくらいは心を読まずとも判るし、そういうところも気に入っているのだし、
だからこそ自然と惹かれていき……と、その辺の詳細は割愛するとして
その、うっかり“おまえの好きなようにしていいよ”と答えてしまいそうになる、潤んだ瞳は
わざとか? わざとなのか? できることならそう問いたい。そして言いたい
“楽しい思い出を作りたいのは、みんなと じゃねえんだよ”
「あ!」
「え」
「…………もしかして、神谷さん家の別荘のほうが、良かった?」
「………………」
そんなこんなのうちに、名案でも思い浮かんだかのごとく神妙に問いかけてくる彼女に対しては
決め台詞ひとつでは足りな過ぎるのかもしれない
肝心なときに肝心なことをきちんと伝えてこなかった報いなのか、どうなのか
とりあえず今この段階に於いてははたしてどこから突っ込めばよいものか───俊は再び深いため息をついた