鉛のように重く疲れた体を引きずって帰ると
いつも明るく出迎えてくれる筈の、彼女の返事はなかった





「………帰った、のか………」

そりゃ、確かに
娯楽のひとつもないこの部屋で、いつも自分の帰りを待っているのが当然だとは思っていない
ましてや今日は、家路につく時間がいつもよりも大分遅くて
あたたかいご飯を作っておいてくれるだけでも、それはとてもありがたいことだし
とても嬉しいこと───そう思いながらも
まず胸に浮かぶのは、ほんの少しの寂しさと
いつもどおり帰宅する自分を待ってくれていたのだとしたら
(そして彼女のことだからきっとそうした筈で)
自宅までの暗い道をひとりで歩かせてしまったという罪悪感

けれどただひとつ違和感が生じさせられたのは
台所の向こうの小さな部屋 そこには灯りがこうこうと照っているということ
自分が不在の時でも入りこんでいい そんな開放的な信頼感と併せて
部屋を出る時にもきちんと然るべき処置をしていってくれるだろう───
そんな安心感を十分に得たうえで合鍵を渡した彼女は
今まで、そんな些細なミスさえも起こしたことがなかったのに

「………………?」

紐を解きスニーカーを脱ぎ捨てて、部屋へと進む
からからと引き戸を開くと、そこには
ふたりで食べるおかずを並べるにはちょうど良い大きさね そう言って笑った小さな卓袱台に突っ伏して
静かに寝息を立てる彼女がいた

そこにいてくれたことそれ自体に
なんとなく、ほっと安堵
けれど、いつ頃からこうして眠っていたのか───
性格上、きっといつもの帰宅時間くらいまでは起きていようとする筈だから
まだそんなには経っていないと思いたいが

「───え───…っと」

その名を呼び、揺り起こそうとして、やめる
羽織っていたコートを脱ぎその細い肩にとりあえずで被せかけて
手を洗い、薄い布団を敷く
背を支え、できるだけゆっくり、そうっと、その体重をこちらに掛けさせて
曲げた膝の裏に手を差し入れ抱き上げて運ぶ
服に皺が寄るであろうことを懸念しつつ横たえ、息苦しくならない程度にすっぽりと布団を被せて
俊もまた、その傍らに座り込む
規則正しく繰り返される、その寝息を聞きながら
少し縒れた前髪を撫でる





『真壁の彼女は癒し系だ』

わかったような顔をして、そんな単純なカテゴライズをしてのける輩たちはきっと
もともと彼女が持つしっとりとした空気、それだけしか感じ取っておらず
相手を気遣ったうえでの(そして気を遣っているということ自体
押しつけがましく感じさせない)彼女の一挙一動に
心休ませられているということには、多分、気づいていない
それどころか、もしかしたら
自分が周りにえらく気を遣っているということに
彼女自身、気づいていないのかもしれない

「……………」

不器用であることを口にできる自分よりも
彼女はある意味不器用だと思う
不器用であるが故に、常にその端々まで神経を走らせて
自分のことはさておいて、自分以外の誰かのために全ての力を出し尽くして
時に、くったりと力尽きて眠りこける───そんな姿はきっと
彼女を褒める誰ひとり、想像すらつかないに違いない

──────けれど



「……………
 口、開いてるし…………」

苦笑交じりにつぶやいて
ついでに、半開きの唇に唇を重ねる
軽く触れるだけのキス。それだけでこんなにも満たされていく自分のことは
多分、彼女すらも知らない