いつもよりも人目を憚りいつもよりも足音を忍ばせて彼女はその扉を開いた
「……ふう」
何度も足を運んで慣れたはずの道のりがいつもよりもひどく長く感じて
蘭世は思わず立ち止まり、ひとつ小さくため息をつく
心なしか足が重いその理由はただひとつ
自分の決断が、周りの優しい人たちを哀しませるのが確実であるということ
───けれど、それでもなお
目指すところはただひとつ
自分の望みを叶えてくれる、そんな確証はないけれど
思い当たったのはそこだけだから
望みが叶ったところで、何も変わらないかも知れないけれど
そこでただ泣いているだけでは、確実に何も変わらないから
「…………」
揺れる心を奮い起こすかのように、握りしめた掌に力を込めて
蘭世は再び歩き出す
濃い霧に包まれた道を抜け、足元は、背の低い草が生い茂る野道となり
前方には、気を抜いたらその闇に取り込まれてしまいそうな深い森が見える
その奥が、メヴィウスの家───目的の地
そして、左方には
飛び込む者の心を映し、その身を想うがままに運んでくれる、想いヶ池
「……今回は、凍らせていかなかったんだ……
なんて、当たり前か……学校で逢えちゃうし、ね」
ちょっとだけ寄り道。池のほとりに腰をおろして蘭世は一人ごちる
今より少しだけ前に俊が目の前から姿を消してしまったとき
池の水が凍っていたのは、他でもない彼の依頼によるものであったことを思い出す
今、目の前に広がる水面は清く澄み渡り、周りの木々を映し光を返して
蘭世は思わず目を細める
「………」
頼りにしていた、何をするより真っ先に駆けつけた、想いヶ池が使えない
それを知ったあの瞬間、とても胸が痛んだ
けれどその一方で
落ち込んでいる自分自身に、腹が立った
───魔力がなければ、何もできない自分自身に
明確な理由を示すことなく、突然別れを切り出した彼の本心は
彼自身しか判らないこと
もしかしたら、彼の放った言葉そっくりそのままの心情なのかもしれないけれど
勿論、彼が自分のことを自分と同じくらいの強さで
愛してくれているなんて自信はこれっぽっちもないけれど
「嫌いになった」「迷惑だ」
その言葉を言葉のとおりに受け入れるには、
蘭世の心の中の図式に微妙なずれが生じたままで
……真壁くんもこんな気持ちになっちゃったのかなあ
そう考えれば、何となく合点はいくのだ
人間だった、魔界人として生まれ変わった───そしてまた、人間に戻った
初めと今とだけならば、単にイコールで繋がる事象だけれど
その間の、魔界人という期間はある意味長すぎて
彼の持つ能力は強すぎたから
けれど、そうだとしても、やっぱりどうしても納得できない点がひとつだけ
人間の彼と魔界人の自分という相違は
本質を目隠しする壁にしかならないから
「……わたし、人間に……なっちゃうよ、真壁くん」
意地でもなんでもないの
ただわたしは真壁くんのことが好きなだけ
同じ目線で歩いていきたいだけ
好きになるのにも好きでいつづけるのにも、魔力なんていらなかったし
きっとこれからも
それは同様と確信できる
勿論、ずっと、真壁くんの魔力にも自分の魔力にも他の魔力にも助けてもらったけれど
理由があるから手段を用いた───好きだから魔力を使った、それだけのこと
「わたし、人間になるよ、真壁くん」
たとえ魔力に頼ることができなくてもわたしは
自分の足であなたを追いかけていくから