あたたかな春の午後、二人は定番のお散歩コースをゆっくりと歩き
ちょうど中間地点の池のほとりで一休みしていた





「やっぱりお外は気持ちいいですわね、アロン様」

日が高く、案外日差しが強い
これ、持ってきてよかった……フィラは日傘をたたみながら小さく微笑んだ

「……そう、だね……」

それとは裏腹にアロンは浮かない顔で
豊かに生え揃った芝生に胡座をかいて座り、マントの裾を弄っている
あの日からずっと忙しい日々が続いたから、疲れているのかしら
初めはその程度にしか気を掛けていなかったのだけれど
日に日に、何かを考え込む表情が目に止まることが増えてきて
……外の空気に触れることで、せめて気晴らしにでもなれば……
そんな思いから、今日のお散歩を提案したのはフィラのほう

「何か、思い悩むことでもおありなのですか?」
「……え」
「だって、このところ元気がない様子でしたから……
少し、お疲れなのかしら?」
「………」

ぽりぽりと鼻の頭をかいてアロンは
ぼくのことはなんでもお見通しなんだなぁ、と笑う

「うん……悩んでる。ていうか、考えてる。いろんなこと」
「……例えば……?」
「一番考えてることといえば、やっぱりこれからのことかなぁ……」
「これからの、こと?」
「うん」

地に転がっている小石をひとつ掴んで、投げる
その音に驚き、枝にとまっていた鳥が飛び立っていく
描く弧をしばらく眺めて再びアロンが口を開く

「あの日……あんなことになっちゃって、結局うやむやのまま終わって
結婚式の日、ぼくは本当に王様になっちゃうわけ、なんだけど」

そう、とてつもない不幸が襲った王位認証式
三日後の結婚式は戴冠式も兼ねていて
晴れてアロンはこの世界の王となる

「なんていうか……まだぼく自身、王様とか呼ばれちゃうほどの才覚は足りないのに
周りが勝手にどんどん変わっていっちゃうなっていうか……」
「まあ」

そんなことか、とでも言うように
フィラはふんわりと微笑む
自分の全てを包み込んでくれるようなこの微笑に
アロンは何度勇気づけられてきたか判らない

「わたくしから言わせていただくと、もう十分
そのための資質を備えていらっしゃると思いますのに」
「う〜ん……
『王子様』の頃は、フィラが居て父上が居て母上が居て
メヴィウスとかサンドとかみんなが居て……
ぼくが何か変なことをしたときは叱ってくれたけど……」

再びアロンの視線は空へと向かう
ゆっくりと流れていく雲
その切れ間からこぼれる陽の光はすこし眩しくて
思わずアロンは目を細める

「王様になっちゃったら……
父上は、消えちゃったし」

意図的なのかどうなのかまでは判らないが
「死」という言葉を
アロンがあのときから使っていないことにフィラは気づいていた

「やっぱり、俊をなんとか拝み倒して呼び戻して
王様になってもらった方がいいんじゃないかな、とか
思ったりするんだよね……」
「…………」
「あっ。俊を何とかするよりまず蘭世ちゃんを説得するのが先かな
そしたらきっと俊だって、ちょっとは考えてくれる余地がありそうだし♪」 
「…………」

黙りこくってしまったフィラを振り返り
アロンはひとつため息をつく
そう、自分が理不尽なことを口にしているということは
彼自身も良く判っていること

「……ごめん、フィラ
こんなこと言われたって、困っちゃうよね」
「……アロン様……」
「しっかり、しなきゃなって……頭ではよ〜く判ってはいるんだけどね……」
「…………」

そっと
フィラはアロンの手のうえに自分の手を重ねる

「アロン様……
アロン様は、この世界がおきらい? 民がおきらい?」
「ううん、大好きだよ! ていうか、きらいだから悩んでるってわけじゃないよ
みんなが楽しそうな顔をしているのを見るのは嬉しいし」

え? と、意外そうな顔をして、当然のように即座に返すアロン
再びフィラは微笑んで

「なら、きっと大丈夫ですわ」
「え……」
「だってアロン様は、一番大切なものを持ってらっしゃいますもの」
「……そ、そう、かなぁ……」
「ええ」

強く頷き、フィラは、いまいち不得要領な顔をしているアロンの手を握る

「自信がなくなったときは、周りを見れば皆が居ますわ
……微力ながら、わたくしもずっとおそばに」
「……」
「なってみる前からうじうじ悩んでみても始まりませんわ
……『どうなるか』ではなくて、『どうするか』を考えましょう
二人で……皆で」
「…………」





穏やかに通り過ぎる風になびいて響く葉音を聞きながら
アロンはフィラを抱き寄せて
他の誰にも聞こえないほどの小さな声で
ありがとう、とだけ呟いて
腕に込める力を強めた