痛みも苦しみも乗り越えて、或いは疲れ果てて
悟りの境地に在るとでもいうことなのか
突然死でもない限り、対象は大概その瞬間、安らかな表情を浮かべている
とはいえ
どんなに場数を踏んでも、自分の業に慣れることはあり得ないのだろうと思う

「………」

夜の夜中に、何の気もなく目が冷めてしまったうえに
やけに感傷的なことを思ってしまうのは
今は遠い昔の自分の姿を夢で見てしまったせいだろうか
少しずつ闇に慣れてきた目をこらし、時計を見やって
ひとつため息をつく







自分以外の相手を大切に思う気持ちを初めて知ったのは
死神として一人前と認められる、それよりもほんの少し前のこと

出会いは偶然、池のほとりで見かけた娘
娘と共に在ることが、ただ嬉しくて楽しくて
逢瀬を重ねるごとにそれは強くなるものの
その気持ちが何なのか、それすらもよく判っていないのと同様に
そう遠くない将来に執り行うことになる自分の業の意味も
それに伴う重さにも、まだ気づいてはおらず





今にして思えば、出逢ったこと自体が
不幸な巡り合わせだったのかもしれない





もともと体が強くはなかった娘が、長く床に伏したのと
自分という存在が公に認められ、本格的に業を任せられるまでになったのは
ほぼ同じ時期のこと

不謹慎ながらも少なからず胸のうちに生じてしまった
期待と不安と優越感と達成動機を抑えつつ
初めて開いた目録の文頭には
他でもないその娘の名が連ねられていて
文字通り、目の前が闇に閉ざされるのを感じた

無機質に残酷な告知をするそれを破り捨てたかった
自分を取り巻く、娘以外の全てを捨てて逃げ出したかった、等
そんな確固たる感情は
自分の気持ちが整理できたころ、自分はそう思っていたのだと後づけに思い至り
理論づけたものでしかない

実際のところは
自分がどうすればいいのかすら見えなくなり
抗う手段すら見出せず、ただ流されてその日を迎えて

──────ジョルジュ……!

あの瞬間、業を為すべくやって来た自分の目を真っ直ぐに見て
確かに娘は笑って、自分の名を呼んだ







形あるものがいつか壊れるように
命あるものもいつか力尽きる

ましてや自分の業の対象は
自分で決めた相手というわけではなく、それこそ神の領域で
誰の下にもいつの日か訪れる、あえて言うなら運命とやらの一端に
能動的にではなく極めて事務的に関わってしまっているだけの話で



でも、そう簡単に割り切ることができる筈もないからこそ

「……おまえの魂は狩りたくないね……」

腕の中で眠る女性の髪を撫でてジョルジュは呟く
できることなら、願わくば
愛する者の・愛する者との、最期の幕を自分自身が引かねばならないなんて、もう二度と

「……ん……。なあに……?」
「……あ、悪い、起こしちまったか」
「ん……大丈夫……」

小さくかすかに呟いたつもりの声に反応して
目を覚ましたサリがもそもそと動いてジョルジュを見上げる
いつもの気の強さを微塵も感じさせない
ピントのずれた寝惚けまなこをこすりながら

「………」
「……で、何かあったの……?」
「ん───……」

ぽりぽりぽり、とジョルジュは鼻の頭をかいて
サリを包む腕の力を強める
割り切ることは到底できないけれど
何よりも、譲れないものもある

「……おまえの魂は、おれが狩るよって言ったの」
「……なによその縁起でもない台詞……」
「ん───……」





やがて来るであろうその瞬間の痛みを今は考えないことにして
腕の中で訝しがるサリのぬくもりを感じながら
ジョルジュは再び眠りに落ちていく