いよいよ明日にその日を控えた二人は
まだ明るい空の下、江藤家への道のりを歩いていた
こうして、蘭世を家まで送り届けるのは今日で最後
明日からはずっとひとつ屋根の下暮らせるのだから
せめて今日くらいは自宅でゆったりと過ごすべきだ、と
数日前、本音を押し殺して建前を駆使した自分にちょっと後悔
案外あっさりと「うん……そうしよっかな♪」などと、にこりと笑ったその笑顔も
かわいさ余って何とやら
「…………」
いつものように蘭世の歩幅にあわせて狭めた歩幅よりも
さらにちょっとだけ、意識的に狭めてみる
一歩、また一歩……ずれた歩幅のせいで
繋いだ手の先が、後ろに何となくひっぱられるような感覚に気づいて
ふと蘭世は立ち止まる
「なんだか真壁くん、今日は歩くの遅いみたい……。どうか、した?」
「……別に」
「そう?」
「…………」
少しでも、長く
……なんて、言えるわけもなく、再び俊はその歩調を速める
自分が、繊細な乙女心とやらを理解できないのと同様に
きっとこいつも、微妙な男心など到底理解できないのだろう
それは、お互いさまというもの
(けど、それでも、今の自分の表情は多分かなりの仏頂面に違いない)
とはいえ
あの角を曲がればもう、江藤家の前
門をくぐって手を振れば、明日の朝まで一人
自分で言い出したこととはいえ、やっぱりどうしても名残惜しくて
俊はぴたりと足を止め、繋いだ手を引き寄せる
唇を重ねたのはもう何度も、数え切れないほどだというのに
そのたびに、2割増しで跳ね上がる心臓の音
ぴたりとくっつけた胸元から響いてくるそれを感じながら
薄い、けれど柔らかいその唇をはむように味わう
顎にかけ持ち上げていた指先をゆっくりと滑らせ鎖骨のあたりをなぞり
白い項に掌を添え、長い髪に指先を差し入れる
ゆるく波を描く髪は、穏やかに吹き抜ける春風に遊びながら
優しい香りをこぼす
唇を重ねたのはもう何度も、数え切れないほどだというのに
そのたびに、おかしいくらいに高揚してしまうのは俊も同じ
じわりと唇に伝わる熱が体中を走り抜け、もっと、奥へ、次を、求めて
押さえ込むように細い腰を抱き、その身を摺り寄せる
窮屈なジーンズの中で頭を擡げ始めた存在が露呈するのにも構わずに
ただ、いつもと違うのは
先を急き押し付けられた蘭世の背を支えるのが
布団でも畳でもなく、冷たく固いブロック塀だということ
薄く目を開き、きゅっとシャツの裾を握る蘭世の表情を見定めたその瞬間
俊は一気に我に返る
「〜〜〜〜〜〜〜っっ!!……わ、悪りぃ……」
「う、ううん……! ちょっと……恥ずかしかった、けど……」
開きすぎた胸元をさりげなく正しながら蘭世は、火照った顔を仰ぐ
そんな姿を見ないように(正確には、直視することもできず)、
一気に体中の血液が駆け上り赤くなった頬を抑えつつ俊は
わざとらしく咳払いをして、再び手を差し出す
もう、あと3分も歩くこともなく目的の地に着くというのに
そのわずかな時間すらも口惜しくて
「……エヘヘ」
「なんだよ」
気恥ずかしさも手伝ってぶっきらぼうになってしまった俊の口調を
特に気にする風でもなく
蘭世はくすくす笑いながら呟く
「……ううん……独身最後のキスだなあって思って」
「え」
「ふふ。キスで恋人の時間が終わって
キスで夫婦の時間が始まるって、なんだかロマンチックよね〜……」
「…………」
──────いや、まあ、それはそう、なのだけれど
ええと、それはもしかして
例えば明日の朝、ちょっとした隙を狙ってみるとか
式の前に控え室で着替えた姿を見て『綺麗だ』とか言いながらどさくさに紛れてみるとか
そういうのは全て、式までおあずけってことですか……?
──────などと、口にできる筈もなく
「あっ、『夫婦』とか言っちゃった! やだ、わたしってば
恥ずかしいね……!」
「……バーカ」
照れながら無邪気に笑う蘭世に、ポーカーフェイスを崩さずデコピンをかますのが
今の俊にはせいいっぱいで
自縄自縛……或いは自爆
『明日からはずっとひとつ屋根の下暮らせるのだから』
自分で言い放ったその何気ない一言を
俊は今、心から呪った