『今夜は全国的に冷え込み、ホワイトクリスマスとなりそうです』
そんな、ある意味お約束な天気予報は、案の定ぴたりと的中して
ふたりの歩く道も、その縁に植えられた街路樹も
喉をうるおすつもりで寄った喫茶店から出るころには
しんしんと降り積もる雪にすっぽりと覆われていた
「………積もってきたな」
「ん………」
一瞬にして冷たくなる指先。俊はふと立ち止まって、ポケットから手袋を取り出し
その片方を蘭世に手渡す
蘭世がそれをはめたのを見計らい、もう一方を、荷物を持つ自分の手にはめて
俊は空いた手で蘭世の冷えた手をとる
寒いから、人肌恋しいということなのか
夏よりも冬の方が、こういう“うれしいこと”をしてくれるのが多くなる気がする
特に雪の日は、自然と人足も少なくなるためか
並んで歩くふたりの距離も、ぐっと近くなる
それはとても嬉しいことなのだけれど
嬉しいことのはずなのに
こんなに白く降り積もった雪の日は
あの日唱えたカウントが、頭をよぎる
振り向いたらそこにはもう彼の姿はなく
『かくれんぼの始まりなのかな?』なんて、お気楽なことを思いながらあしあとを辿った帰り道
途中で消えた足あとの続きを探しても探してもその姿は見つからなくて、ひとり家についた
泣くのはつらい
ひとりで泣くのはもっとつらい
窓の外では、あいも変わらず雪が降り続けていて
あれから少しだけ雪が苦手になった
本当に本当に好きだから
その分、音を立てて砕け散った心
きっとその欠片のすべてを探し当てることができていないまま
ここまで来てしまったのだろうと思う
雪を見ていると、胸の奥を風が通り抜けるように冷たくなり
口に出さずにいることはできても、なかったことにはできない傷が疼く
そんな、こと細かな状況をいちいち憶えていること自体、我ながらどうかと思う
けれどやっぱり忘れることなどできなくて
忘れようとすればするほど、まざまざと鮮やかなまでに思い起こされる
「──────どうした?」
「ひゃ!?」
不意に足を止め、俊は蘭世の顔を覗き込む
人影もないなか、さらに雪が周囲の音を吸い込み、静まりかえった夜の道で
その声はやけに大きく響いて
ある意味意識が持っていかれてしまっていた蘭世は、思わず飛びすさり
バランスを崩して、よろける
「う……。ご、ごめ………」
「や、それはいいけど」
「……………あ」
倒れかけた体を支えた手を解いて、腰に回す
抱えていた荷を雪に降ろして、もう一方の手で肩を抱き寄せる
「……“なんでもない”って表情じゃ、なかった」
「そ………んなこ、と………」
「“寒そう”ってのよりは“痛そう”だったんだけど
……大丈夫か?」
「う………」
心を読んだという意味ではなく
よく見ているなあと思わされることが、最近特に増えた
自分の感情表現が豊か(ときに、過剰なまでに)なのは昔からで、今も何ら変わっていない筈だから
それはきっと、微妙な変化ですらも彼が口にするようになったということ
「…………………」
胸が痛む、その本当の理由は
何も言わずに彼が消えてしまったこと じゃないのかもしれない
あのとき“どうして”と悔やんだのは
彼の身に起こったことを指し示すサインはところどころで灯っていたのに
それを汲み取ることができなかったこと
自分の運命を呪いながら、救いを求めていた筈なのに
それを言葉にさせなかった自分
怖いのは
今後なにか起こったときに、自分はまた
同じ過ちを繰り返してしまうのではないかということ
また、辛い思いをさせてしまうだけなのではないかということ
にぎりしめたつもりの手の隙間から、大切なものがまたするりとこぼれ落ちてしまうこと───
「……………っっ
なんだって、おまえはそうなんでもかんでも抱え込もうと……」
「え!? ………ひゃ、い、いた……っっ」
やさしくその身を抱いていた手は、いつの間にか頬へとのびていて
ほどよくついた肉をつまんで、左右にめいっぱい引っ張られた
目の前には、ぎりぎりと歯軋りをした俊の顔
全くもって手加減の感じられないその力に(いや勿論、手加減してはいるのだろうけれど)
蘭世は思わず悲鳴を上げる
「い、い、いはいよ! 真壁くん〜〜〜っっ」
「…………よし」
「ふぇ? ………ぅ」
キンキンに冷えていたはずが、引っ張られたおかげ(?)で妙な熱を持った頬に
直前までつまんでいた手が添えられて
なぜか苦しげな俊の顔がゆっくりと近づく
重ねられた唇はとても冷たくて
冬の風に当てられたせいか、ほんの少し乾燥ぎみで
差し入れられた舌はひととおりねっとりと中をなぞって帰っていく
いつもより少しだけ乱暴にその身を引き寄せて
顔を胸に押しつけるようにして、細い身体が折れそうなほどの力で抱きしめる
首を少し曲げれば届く、ちょうどよい高さの頭に鼻先を寄せ
その匂いを嗅ぎ、唇をあてて、全身をすっぽりと絡まるように包みこむ
「……余計なこと考えねえで、おれのせいにしとけばいいだろう……」
「! ………だっ……て………」
「“だって”じゃねえっ。だいたい……」
「……だいたい………?」
「…………もし、そうだとしても、おれがあのときとは違うように
おまえだってあのときとは違う。それに………」
「それに………?」
「………………」
「………………」
「………………っっ」
「きゃあっっ」
抱きしめるその腕にいっそう力を込めて耳元に唇を寄せ
「 」
「─────────!」
聴こえるか聴こえないかのすれすれの声で囁いたその言葉は
助けてと言えなかったあの頃には、とても口にはできなかった言葉
雪が降り積もり色褪せた路地を白く包むように
解けることのない雪が降り積もり、心に開いた穴を塞いでいく
──────胸の痛みも、消えていく
「……あ………はは、はっ」
「!?」
唐突に笑い出した蘭世にぎょっとしつつ、俊は腕の中を覗き込む
「……ていうか、そこで笑うかおまえ………」
「あ! ち、違うの。それは嬉しかったの! 嬉しかったんだ、けど……」
「うん?」
「なんていうか、その……め、めずらしいな、って………」
「……………
たまには、いいだろ。こんな日だし」
「え───………。“こんな日”だから……?」
「バカ」
──────そんなこと、何度も言えるか
内心舌を出しながら俊は、再び蘭世を抱きしめる
在り続けたい場所も帰る場所も逃げ場所も何もかも、もう、そこでしかないのだと
繰り返すことができるほど器用でもない彼の心を代弁するかのように
雪はただ、降り続ける
文字通りの、ホワイトクリスマス
凍み空の下ふたりはしばらくそこで佇んでいた