手の話/第35話のあれ

ザイル様に連れられて部屋に戻ると、その場に立ち尽くしていた彼は、ちらちらとこちらの様子を伺いながらこめかみの辺りを掻いた

「ええと……ごめん。その、力の加減がまずかったって」
「…………」

しょんぼりと審判を待っている彼はまるで罪人のよう。といっても、先に手を出したのは私のほう。凍えるほど冷えた手を咄嗟に彼の頬に当てて暖をとったのはほんの少し前のこと。彼がしたのはあくまで軽い気持ちでのお返しだから、彼は悪くない

怖かったのは、右手の力ではない

肩を押さえた腕の力が強かった、それが怖かった。そうザイン様にお話しした。ザイン様はそれをそのまま彼に伝えたのだろう
彼はきっとそちらの手への意識は薄かっただろうから、そして何より彼は素直なひとだから。伝えられた言葉とあのときの自分とを照らし合わせることもなく、それをそのまま信じて納得しているのだろう。けれど、彼の右手は肩に添えられていただけだ。振り払おうと思えば簡単にできた。あのときの私がなにも気づかなければ

極寒の、雪が吹雪く中での買い出しから戻ったばかりの冷たい手。それに触れられれば熱を吸い取られすぐさま冷たくなるはずの頬が、まるで燃え上がったように熱を増した。彼は戦士。魔法を使えるわけではないのに、添えられただけの手が私の動きを完全に封じた。咄嗟に身じろぎすらとれなくなった。触れた指先から、なにかが引きずり出されてしまうような気がした

彼のそばにいると、とてもあたたかい気持ちになる。なのに時折、そこから逃げ出したくなるときがある。なぜか突然、胸が締めつけられたように苦しくなるときがある。今にして思えば、彼が温めてくれていた手を振りほどいてわざわざ頬に当てたのも、そうしなければ、おどけたふりをしなければ、息もつけなくなりそうだったからだ。こんな感情は、知らない。解析できない

『やめてください』あのとき、ようやくそれだけ喉から絞り出した。熱い頬とは真逆の、我ながら引いてしまうほどの冷たい声に、彼の動きも固まったのが分かった
それから彼の方を振り返ることはできなかった

───もっと優しくして。いきなりいろんなことを分からせようとしないで

しょぼくれながら謝る彼はいまも、言葉にした言葉だけをそのまま受け入れたのだろう。やっぱり、彼が悪い。なにもかもぜんぶ、素直すぎる彼のせいだ

ぱちぱちと爆ぜながら揺れるあたたかな暖炉の炎に照らされて、鏡蓮華の腕輪が穏やかに光った