指先ファンタジア
シュタルクは極寒の中での鍛錬が好きだ。雪が積もりあたりがしんと静まり返る中、自分が斧をぶん回す音だけが響くのがなんだか心地よくて、つい延々と続けてしまう。雪がほどよいクッションになるのもなんかいい。受け身の練習の延長で意味なくごろりと寝転んでみたりして、しっとり濡れたところでまた走る。乾く。そしてまた転がる。その不毛な繰り返しがなんだか楽しくなってくるのだ
鍛錬ついでに今日・明日中の薪を切り揃え、ようやく満足したところで小屋に戻ると、それに気づいたフェルンがつつつ……と寄ってきた。そしてさりげなくシュタルクの手に自身の手を押しつける。あれっもしかしてこれは冷えた俺を慮って温めに来てくれたということですかフェルンさん? とニヤニヤしかけて、むしろフェルンの手のほうがひやりと冷たいことに気づく。特に指先は氷のよう。なぜ。いままでこの暖かな部屋にいたはずなのに
「ええと……」
「私、昔からそうなんです。足もそうなんですけど、末端っていうか、指先だけはいつも冷たくて」
「……暖を取りに来た?」
「フリーレン様にこんなことできませんから」
「…………」
若干引っかかるものがあるが、それ以前の問題として、そこは師弟同士というか暖かな部屋にいる者の間でなんとかしておいてほしいところだ。もちもちとシュタルクの指と戯れる指先は冷たさをしぶとく維持したままで、割と真面目に心配になってくるレベルのもの。なので、名前が出ているにもかかわらず、こちらの会話には我関せずの態で、ソファに腰かけ魔導書をぺらぺらめくっている彼女の師匠にお伺いを立ててみることにした
「手とか足とか、いい感じにあっためる魔法ってないの?」
「ないよ」
碌でもない……じゃなかった、かゆいところに手が届く小技的な魔法マニアらしからぬ返答が即答で帰ってきた。え、そうなの?
「なんか意外だな……需要多そうなのに」
「下手に体温を操作しちゃったりすると、病気のときに気づきにくくなるとか、弊害が多いから……昔の人達も自粛したのかもね」
「なるほど……とはいえ、なあ……」
「攻撃魔法を使えば普通に体温があがるよ。ヒマならふたりで手合せでもしてくれば」
「こっちの危険が危ないよ!」
心配ではあるが、さすがに命を張って解消を試みるほどのことではない。シュタルクは、無言で手に手を擦り合わせている彼女のほうに向き直り、その手を地道に温める作業に勤しむことにした
その一連のやりとりを部屋の入り口で眺めていたザインは、本を片手にやってきてフリーレンの座るソファのもう一方の端に腰を下ろした。それに特に気にかけることなく彼女は、魔導書のページを押さえながらもう一方の手で怪しげな道具をいじっている
「……無いんだっけか? なんか普通にありそうだけど」
「ちょっと温めるのから、手のひらで目玉焼き作れるレベルまでいろいろあるよ」
なんとなく小声になった問いかけに、おなじく小声で返される。もっともそれは、先刻話していたのと真逆の内容だからというわけではなく、単に、道具いじりに意識の半分以上をもっていかれているだけだろう。目線を忙しく往復させながらも、彼女は眉ひとつ動かさない
「いや、目玉焼きはアレだけど……じゃあ、なんで」
「魔法よりも確実にあったかくなってそうなのに必要ある?」
「……なるほど」
彼女が指をさした先には、指を弄り合っていたのがいつの間にか互いの頬をもちゃもちゃと捏ね合い始めているふたりの姿があった。イチャイチャすんな
魔法よりも効く、確かにそう。彼女はなんだかんだ言って、ふたりのことを良く見ている。ザインがこのパーティに参加して、期間的にはまだ僅か。そのせいなのか、ふたりを見ると、青臭いガキどもがなにやら甘酸っぱい面倒くさいやりとりを楽しそうにやっているもんだなさっさとやることやっちまえとしか思えないのだが、そんなふたりをなんだかんだで見守りながらずっと旅をしてきたのだろう
また、各種魔法をそれなりに使いこなす身で何だが、ザイン個人としても、なんでもかんでも魔法で片づけるのは美しくないと思っている。魔法を使うべきところ・使うべきではないところ。広い意味で魔法を活かす方法を、彼女は良く知っている。さすがふたりの保護者兼大魔法使い様───
と、手放しで賞賛しかけたのをうっかり口に出さずにおいてよかったとザインは思った。彼女がやはり眉ひとつ動かさず、こんなことを言い出したから
「それに、フェルンは知ってるはずだよ。ずいぶん前に教えたもの」
女子同士で示し合わせたのか、彼女が単独で空気を読んだのか、それは定かではない。少なくとも、目の前のふたりのうちひとりは、ザインが思っているほど子供ではないのだと思い知らされたのだった