マジックアワー
街に滞在している期間の生活物資の買い出しは、基本的に交替制をとっている
フェルンは買い出しという一連の行為が単純に好きだった。まず、足りないもの・足りなくなる前に補充したほうがよいもの・充分に足りているもの……それらをきっちり分類し購入計画を立てるのが楽しい。買い出しの前日はあれこれメモを記しながらうきうきしている。そしていざ買い出しに行った先で、活気溢れる呼び込みの声を聞きながら色とりどりの商品を眺め、あれこれ交渉しつつより良いものを買い揃えていく充実感がたまらないのだ
とはいえ今日はいささか買い込み過ぎた。すこしでもバランスを崩したら中身を全部ぶちまけてしまいそうな紙袋を抱え、えっちらおっちら街道を進む。それでもまだなにか買い残しがあるような気がして、ポケットからようやく取り出したメモを眺めていると、遠くのほうから自分を呼ぶ、良く知った声が聞こえてきた
「フェルン!」
「シュタルク様……」
どうやら彼は彼で鍛錬の場・山奥の岩場からの帰りしなだったらしい
時間的にはすでに夕暮れ時。仕事場から帰る人・食事をとるために外に出る人。人・人・人でごった返す時間帯だ。屋台や酒場その他、好き勝手な方向に向かう人波を器用に避けながらやってきたシュタルクは、フェルンの抱えた袋を一瞥すると、呆気にとられたように言った
「なんか……荷物多くない? こんなに買い込まなくても、次に回して全然よかったのに」
三日おきに回る買い出し当番の、次の担当はシュタルクだった
重いもの・嵩張るものは基本的にシュタルクの担当日に合わせ在庫調整し、まとめ買いするのが定石となっている。別に女子ふたりの担当日でも魔法で運べば問題ないのだが、それもトレーニングの一環になるからと、旅に同行したはじめのころに本人から言われていたのだった
「正直私もそう頭をよぎったんですけど、市場のおじさんが沢山おまけをつけてくれたのと、今日だけのお買い得っていうものが結構あって」
「そうなんだ。貸して」
「あっ」
と、シュタルクはフェルンの手元から紙袋をぱっと取り去った。まあまあの重さを誇っていたはずが、シュタルクの手にかかれば最後、羽根でも扱うように片手で軽々と抱えられているのが改めて腕力の違いを感じさせられる
「……ありがとうございます」
「他にどっか……まだ買うものある? 終わり?」
「それで終わりです」
「そう? じゃ帰ろ」
そのままふたり並んで帰路につく。そういえば以前にもこんなことがあったとフェルンは思い出した。そのときも買い出し当番、やはり膨大な荷物を抱えていて、正面からでは満足に顔も見えないくらいだったと思われるのに、どこからともなくやってきたシュタルクが声をかけてくれ、そのまま宿まで運んでくれたのだった
「シュタルク様って、目がいいんですね」
「目? 普通だと思うけど……なんで?」
戦士の『普通』は、基本的に規格外なのは言うに及ばずだ。ついでに硬い。そして治りも速い
「こんな、混み混みの街中なのに見つけてくれるから」
「余裕でしょ。すぐ分かったよ、フェルンは目立つから」
「えっ」
意外な返答がきた。存在感が薄く見つけづらいというのが、いちばん近しい存在の大人ふたりそろっての評だったというのに
「へ? 存在感? 誰の?」
「私のです」
「へえ……??」
「ハイター様に魔法をご教授いただき始めたころなんですけど。ハイター様が私を見つけられずに森の中を半日探し回ったことがあって」
「ああ……」
いつも何があっても穏やかに過ごす、まさに『好々爺』を地でいくハイターが、そのときばかりは蒼白の頬をしていた
ふたりで暮らす、言い換えればふたりしかいない以上、気を遣うなと言われても気詰まりすることは絶対にある。だから気分転換したい・ひとりになりたいと思う気持ちも否定はしない。だが、もうひとりに気を揉ませるのはいただけない。だから居場所だけは常にはっきり示しておくこと───彼と暮らした期間において叱られた記憶は特になく、あれが最初で最後、厳しく言い渡された案件であったかもしれない(それでも口調そのものはとても優しいものだった)。それ以降フェルンは、誰に対してもちょっとした外出だとしても、行き先を伝えてから行くことにしているのだった
「森はまあ、そうね……子供は紛れちゃうから見つけづらいよなあ。木に登ってみたり。登るだけならいいけど普通に落ちるし、下手したら崖からも」
「そういうやんちゃな感じじゃなくて……。そのときは確か木の枝に座ってずっと瞑想していて、ハイター様が見つけてくれたときには木と同化してたって言われました」
「木に登ってはいたんだ。まあでも、それはそれでなんか目に浮かぶかも」
「あのあとすぐ、どこにいてもすぐ見つかるようにって目立つ色のリボンをいただいたりして……随分お手を煩わせてしまいました」
そのリボンを結ばずとも許されるようになった(別に強制されていたわけではないが、気持ちの問題として)のは、フリーレンが二人めの師として常にそばにいるようになってからだった。その後、ふたりで旅立ち迎えた初めての誕生日のしるしとして髪飾りを贈られたのは、どこにいても目立つようにという意味合いではなかったと思いたい。あれだけ悩んで選んでいた姿を目撃してしまったからということもあるが、本当のところはフリーレンにしかわからない
「はは。まあ、いまはどこにいっても俺が見つけるから、安心して迷子になって」
「…………」
中身の重さのせいで縒れた紙袋を直しながら、シュタルクはそう言って笑った
言葉通りの意味。彼に他意はない……多分。けれど、そういう物言いが、どうしようもなく動揺させられるのだ。いつもいつも
「私も、シュタルク様ならすぐ見つけられます」
「へ?」
いまとなっては数少ない形見の品のひとつとなり、鞄の底にしまっていつも持ち歩いている赤いリボン。夜、眠りにつく前に出してその日の出来事を語りかけてみたり、不安なときにそれをさすって心を落ち着かせてみたり、じっと眺めて心を奮い立たせてみたり。それは日々の祈りと並ぶ大切な儀式となっている。フェルンにとって赤は特別な色。そこに最近もうひとつ、新たな『特別』の理由が加わりつつあることは、まだ誰にも言えない
「赤いから見つけやすいし」
「まさかの色判定!?」
リボン着て歩いてるようなもんかぁ…… とぼやく彼に、あえて否定はしないでおいた
ふたりの歩く街角を、静かに夕陽が染めていく