人を小さくする魔法の話
「人を小さくする魔法ってないの?」
シュタルクがそう言うと、女子ふたりはそろって虚を突かれた顔をした
次の目的地は山あいに位置する中規模の農業都市。そこへの道のりはほぼ一本道だが、峠を越える必要があり、到着にはまだまだかかりそうだった。今朝から歩き詰めで、陽が高く昇ったいまはちょうど小腹が空き始める時間帯。腹が減っては戦はできぬとばかりに、三人は、本格的に峠越えにかかる前に間食がてら休憩することにしたのだった
甘い焼き菓子を楽しむフリーレンとフェルンのかたわらで、さっさと自分の分を食べ終えたシュタルクは草むらに横たわる。ゆっくりと流れる雲を見上げながら、直前に滞在していた村で耳にした小人の話をふと思い出した
むかしむかしあるところにひとりの若者がいた。病で臥せった両親を支え弟妹の面倒も一手に引き受け、よく気がつきよく働く気立てのよい若者だった。あるとき彼は期限間近ながらも大量の針仕事を引き受けることができた。これで家計が楽になると安堵したのもつかの間。日々の暮らしに疲れ切った若者にそうそう何度も夜なべができるはずもなく、締切前夜、仕掛かりのまま眠りに落ちてしまった。するとそのとき小人がどこからともなくやってきて、残りの仕事をすべて仕上げてくれたのだった
───それは、この地方全域に伝わるという、よくある寓話のようなもの。その小人への感謝のしるしとして、小さな服や靴などのオーナメントを部屋に飾りつける習慣が古くから根づいているという。もっとも、その話をシュタルクに教えてくれた子どもたちの興味の中心は、その小人をいかにして生け捕りにするか・何を手伝わせるかという、感謝のかけらもない罰当たりなものだったのだが……
シュタルク的には、その小人たちになにか助けて欲しいわけではない。単純に、小人というサイズ感にいろいろな可能性を感じさせられたのだった。そこで口をついて出たのが冒頭の発言だ
わくわくと高まりつつあるシュタルクのテンションとは裏腹に、フリーレンはいつもの調子となんら変わることなく問い返した
「なくはないけど……なんで?」
「いや、いまふと思ったんだけどさ、三人のうちふたりを小さくして、残りのひとりのポケットかどっかに入れとけば、歩くのはひとりで済むじゃん」
「……ああ、なるほど」
「交替で歩けばみんな楽かなって。ていうか俺がずっと歩いてもいい。鍛錬も兼ねて」
ここまでそうだったようにここからもしばらく山道が続く。鍛練を兼ねるというのはさすがに乱暴が過ぎるにしても、他のメンバーとの兼ね合いを意識せず自分のペースで歩けるというのは、地味ながらメリットが大きい。女子ふたりの歩く速度は極端に遅いわけではないが、シュタルク自身のペースに沿って歩けているかというと正直微妙だ。ふたりの負担を考えなくてよいのであれば、岩場の道なき道を伝ったり川を飛び越えたりと大胆なショートカットもできる。一方、ふたりからしたら魔法で飛んでいけば済む話で、実のところ配慮されているのはシュタルクのほうなのかもしれないが
「あの、シュタルク様。それは」
「まあまあ、フェルン」
フェルンが咄嗟になにか言いかけたのを、フリーレンはそっと制した
「やってみようよ、何事も経験ていうしね」
「それは、まあ……」
「だろ?」
「たまにはいいでしょ。いまのところ魔獣の気配も感じないし。魔法攻撃が必要になったら、そのときはそのときで」
「……。そうですね……」
「よし! じゃあ食べたらさっそく試してみようぜ」
シュタルクは飛び起き、張り切って屈伸などし始める。中断していた間食を再開するフリーレンのとなりで、フェルンが微妙な表情のままじっと自分を眺めていることに、シュタルクはまったく気づかなかった
シュタルクは基本的に話すことが嫌いではない。当然のことながらそれは、誰かと会話するのが楽しいということ。いま現在のような、手のひらサイズのふたりをポケットに納め歩いている、実質この場にはひとりしかいない状況においては、自ずと対象外だ。ひとりごとをぽつりぽつり程度ならともかく、ひとりで延々と話し続けていたらそれはそれで怖い。なので、無言で歩く
歩き始めのうちこそ張り切って飛んだり跳ねたりしていたが、山道の景色はそこまでバラエティに富んでいるわけではない。また、いつもなら木々の合間にリスやらなにやらが出てくるとすぐふたりに教え盛りあがったものだが、いま下手に教えたりしたらふたりが恰好の餌として狙われそうだ。なので、やはり無言で歩く。黙々と歩く。……そうしたら、思いのほかすぐ飽きた
故郷を出たときもひとり、師匠の元を出た時もひとり。ひとりの旅には慣れているつもりでいたのに、いまはやたらとつまらない。より正確にいうと、さみしい。『くだらない旅』の楽しさを知ってしまった分、ひとりでいるいまの静けさが際立つ。余計なことを言わなければよかった、かも
───と。シュタルクが小さくため息をついたのとほぼ同時に、ポケットからフェルンがひょっこりと顔を出した
「いま、どのへんですか」
「えっ。あ、ああ……」
狙いすましたようなタイミングに驚いたのと、そのまま腕をつたってよじ登ってくるのを助けるのと。微妙な心境のままシュタルクは腕の位置を保定する。するとフェルンはうまいこと肩に到着し、静かに腰を下ろした。軽くそちらに顔を傾ければ難なく会話ができる、いい位置取りだ。シュタルクがもう一方のポケットから取り出した地図を目の前に広げると、フェルンも身を乗り出しそれを覗き込んだ
「まだ半分も来てないな。これでもけっこう近道したつもりだけど」
「ああ、なんかぴょんこぴょんこ跳ねてましたね……ポケットの中でそこらじゅうに頭をぶつけました」
「えぇ……ごめんよぉ……」
飛んだり跳ねたりの振動がポケットの中に響かないよう、それなりに気にかけていたつもりだったが、やはり『つもり』でしかなかったらしい。しおれたシュタルクの顔を眺めながらフェルンは吹き出す
「そんなに気にしなくて大丈夫です。フリーレン様はぐっすり寝ちゃってますし。寝袋に入ってるみたいであったかいって言ってました」
「あったかいんだ。寒いときに提案すればよかったな」
「雪山の寒さに真っ先に負けたひとがそれを言うんですか」
「そうでした……その節はお世話になりました……」
雪山でいの一番で寝落ちし、気がついたときにはなぜか見ず知らずのおっさんのあたたかな腕の中。その間・ぽっかり記憶の抜け落ちている間の道のりを、フェルンに運んでもらったのはほんの少し前のこと。吹きすさぶ雪と風のなかを魔法で飛ばすわけにもいかず、ひたすら引きずってくれたと聞いている
「まあ、手軽に運べるのはいいですけど……。こんな景色がいいところでも飽きてくるのに、周りがなにも見えない雪山でひとりはしんどいでしょう?」
「…………バレた?」
まるで胸の内を覗かれてでもいたかのような言葉に、シュタルクはぎょっとした。実際ひどく飽きていたとはいえ、そう思うだけで口に出したつもりはなかったのに、なぜ
思わずそちらをじっと見てしまったシュタルクの目線を受け、フェルンは「経験談です」と肩をすくめ笑った
「私も……フリーレン様と旅に出発してまもなくのころ、同じことを言ったんです。そのときもフリーレン様は何も言わなくて、ただ『やってみようか』って言って」
「へえ……」
「じゃんけんにも負けたし、そもそも言い出しっぺだしってことで、ちっちゃくなったフリーレン様を胸元に納めて私が歩いたんですけど……フリーレン様はやっぱりすぐ寝ちゃって」
「よく寝るなあ」
「寝ることに関してもプロですから。で、私は黙々と歩くのにすぐ飽きて……二、三時間もしないうちに元の姿に戻ってもらいました」
それはいまのシュタルクの陥っている状況とほぼほぼ同じ流れだった。そこまでしっかり経験済みというのであれば
「じゃあ、最初から止めてくれればよかったのに……」
「純粋に鍛練したいっていうのもあったでしょうし……私達を休ませようとしてくれているのも分かったので」
「…………」
そういえば。あのときフェルンが一瞬なにか言い淀んでいたのを、フリーレンが止めていたような気がする
めちゃくちゃいいアイデア・なんなら、何故ふたりはいままで気づかなかったのかなどと思っていたくらいなのに、実はとっくの昔に試行されていたというのはかなり恥ずかしいし、それ以外にもいろいろバレてしまっているのがなんだかもう。ひどい脱力感で膝から崩れ落ちそうなシュタルクを特に気にかけるわけでもなく、フェルンは風に踊る髪を押さえた
「同じことを考えるんだなって、実はほっとしてました」
「…………」
自分のペースを守ることで、自分だけでなく皆が楽になればいい。そんな気遣いとかそういうものを、さらっとできず実はバレバレなのもなんだかかっこ悪い。恥ずかしい
けど、考えることが同じなのはなんだかうれしい
「……シュタルク様の視界はこんな感じなんですね。ずいぶん高い気がします」
そろりと肩を見やると、互いの目線がぶつかる。フェルンは目線をその高さに合わせたまま、あたりをきょろきょろと物珍しげに見まわした。シュタルク=背の高い側としてはそこまで差を感じないのだが、そうでない側からしたらかなりの違いがあるらしい
木に咲く白い花をじっと眺めているのでそのすぐ下に歩いていくと、フェルンは開きかけの花弁に顔を埋め込むようにしてその匂いをかいだ。気が済むのを待ってからさらに歩くと、枝で羽を休める鳥と目が合ったという。背中に乗せてくれないか頼んでみると言い出したが、シュタルクには鳥の目が完全に捕食対象を見る目に思えたのでそれは止めた。いまの自分の顔ほどもある木苺を頬張るさまが妙にツボにはまり吹き出すと、揺れた肩からうっかり落としそうになり死ぬほど怒られた。小人サイズであろうともその迫力は変わらなかった
見えかたの違いからくる物珍しさ最優先で、とにかくまっすぐ歩かない。そんな行進でもそれなりに距離を消化できているようで、思いのほか時が過ぎてもいたらしい。陽が傾き出したのか、道に伸びる影がさっきよりも脚長に見えた。このまま順調に歩みを進めれば、夜になる前に目的の街に到着できるだろう。夕飯は何を食べようか、どんな店があるだろうかと話すのと同じトーンでフェルンは改めて言った
「『旅は道連れ』って本当ですね。どんなに景色が良くても、誰ともしゃべらず歩いているだけではちょっとつまらない、味気ない」
「……うん」
「フリーレン様とふたりでも楽しい旅だと思っていましたけど、シュタルク様が来てからはもっと楽しくなりました。少なくとも私は」
「俺もだよ。……また、たまにやろうぜ。次は最初っから、ポケットじゃなくてここに座ってて」
「そうですね!」
と、つついた肩の上でフェルンは笑った。小人サイズであろうとも笑顔の威力はやはり変わらなかった
旅路の孤独は耐え難いものがあるが、お寒い懐事情を鑑みれば、食事に関しては一人前プラスアルファ程度の料理を宿に持ち帰り、大人(?)ひとりと小人ふたりで分けて食べるというのも節約としてアリといえばアリだ
とはいえ。この街には、シュタルクとフェルンははじめてやって来た。そしてフリーレンも、前回の勇者一行としての旅ではこの街をスルーしたという。すなわち三人そろってはじめての滞在となる。ならば初日くらいは、皆そろっていわゆる名産と呼ばれるような料理を食べよう と、店でテーブルを囲んだ。話題の中心は専ら『人を小さくする魔法』。意外と使い勝手が良さそうなその魔法を今後どう活かすか、果てはこの機に乗じての願望まで、お喋りはとめどなく続く
「そういえば私、小さくなったら是非やってみたい夢があったんです」
「なに?」
「ケーキの……クリームにずぼーって埋まって、おなかいっぱい食べたいなあって」
「いいね。じゃあ私はプリンにしようかな」
日頃はうまく隠しているつもりのようだが食べるの大好き甘いもの大好きなフェルンの発言はともかくとして、それにフリーレンまでノッてきたのは意外だった
好きなもの、特に菓子に埋まる。なるほど
シュタルクの好みというか優先事項は、甘味よりも腹にたまるかどうか。菓子よりもメシ。なので、ふたりの会話をシュタルクの身に置き換えるとしたら、パンやらハンバーグやらにねじ込まれるといったところか。しかし、そもそもの問題として
「え、マッパでいくの? 服着たままじゃ、あとで服がベッタベタになるよなあ。ていうかクリームでもプリンでも、服とか靴とか足の裏とかハマったやつ……食うの? ばっちくない?」
「…………」
軽い気持ちで流しただけのつもりだったが、その発言が場の空気を一気に凍りつかせたことはシュタルクでも瞬時に理解できた
「……シュタルクって、意外と現実的っていうか……夢がないんだね……」
「シュタルク様、空気読めないとか言われません?」
「……なんか、ごめんよぉ……」
───魔法で小さくするだけでは足りない、むしろ存在を消してくれ! 今すぐ!