秘密の花園
誰かが故人を想うとき、天国では、その人の周りに花が降るという
そんな話を聞いたときには、まさか自分が、降られる側の立場でそれを体感することになろうとは思わなかったのだが
「降ってきた」
「え? ……あっ」
降るという言葉につられ、ハイターは空を見上げた。生きていたころの感覚がいまだに抜けず、「降る」と聞くと雨かと身構えてしまうのだが、落ちてくるのは数多の花だ。ふたりの頭上から降り続ける花を一輪ヒンメルは手に受け、その青さを愛でるように眺めた
「気づいてた? これ、蒼月草だよね」
「あ、ホントですね」
蒼月草。ふたりの故郷を彩る花だ。無邪気に野を駆け回っていた幼少のころ、花冠を作るにも草木染めをするにも何はさておきまずはこの花だったが、旅に出てからはとんと見かけなくなった。地理的あるいは気候的なものかと思っていたのだが、それだけではないと知ったのはずいぶんあとになってからだ
「ちょっと前まではいろんな花が降ってきてたんだけど、最近、蒼月草が特に多く降るようになったんだ。旅してるあいだに……生きてるあいだに、現物を見せてあげられなかったのにな」
「自力で探し当てたんですかね」
「どうだろう……あのころの時点で絶滅してたんじゃなかったかな?」
「まあ、フリーレンなので……蒼月草のほうから慌てて出てくるかもしれませんよ」
「……あっ、いや……フリーレンが僕を思い出してくれているからとは限らないけどさ」
誰に見せられなかったのか なぜかヒンメルは最初、その相手をはっきりと口にしなかった。ので、こちらから口火を切ってやったら、それでもなぜかそれを否定するようなことを言う。いつになく自信なさげなのが気になるところだが、そういえば彼は、フリーレンがいまも旅を続けていることは知っているにしても、新たに何を知ろうとしているのか、新たに知ろうとしたきっかけが何なのかは知らないのだった
とはいえ、そんな仔細を自分が伝えてしまうのは、何か違う気がする。ハイターは特に肯定も否定もせず、なるべく遠まわしな言葉を選ぶことにした。本当のことは、いつか彼女がここにきたときに本人の口から伝えればいい
「……誰かが自分のことを思い出してくれているというのは、悪い気はしないものですね。いまごろ私の弟子と話でもしているのかもしれません」
「弟子?」
「ええ。女の子ですよ。フリ……彼女の弟子でもあります。何事もなければ今も一緒に旅をしているはずです」
「へえ……」
「あちらこちらに銅像を作ったおかげですかね。旅路の途中でたまに……頻繁に出くわすでしょうし」
遠まわしを心掛けたとしても、会話の流れはまあこんな感じになる。だからというわけではないと思うが、その瞬間、ヒンメルは微妙な顔をした
「銅像……ねえ……」
「え?」
「いや、そうなんだよ、銅像……。いまとなっては、やっちまった感がすごいんだよね」
「……?? どういうことです」
いつか彼女がひとりになったとき、本当の意味でのひとりにはさせない。例の銅像群は、そんな意図のもと世界各所に建てたのではなかったか
旅の目的はいずれにせよ、これからもずっと旅を続けるであろう彼女からしたら、それを見ればそんな日もあったと思いを馳せることもあるだろうし、またそれを見た他の誰かが彼女に話しかける種となることもあるだろう。押しつけがましくなくさりげなく、なかなかいいところをつくものだと感心していたのに、『やっちまった』とは
「自分がその立場になったときにどう思うかを基準にしちゃったこと自体、傲慢だったかもなあと……いまさら思っちゃってさ。彼女の気持ちなんて、彼女にしか分からないよね」
「傲慢って……」
「彼女が、寂しくなるかなと思ったつもりでいたんだけど、実は『僕が』寂しく思って欲しいだけなのかも。結局さ、忘れないで欲しかったっていうか……。僕の欲がまったくなかったとは言い切れないんだよなあ」
「あ──……」
「彼女にとって、呪いとか足枷とか……そういうものになってないといいんだけど」
「………」
音もなく降り積もる青い花を浴びながら、彼はいったい何を言っているんだろう
勇者の故郷の花として、蒼月草の名を知る者もそれなりに存在するかもしれないが、『すでに絶滅した花が』『最近になって』降り始めた時点で、いろいろとよい方向に信じていいのではないだろうか。そんなハイターのもとにはらはらと舞い落ちるのは、フェルンがいちばん好んだ花だった
「随分、柄にもないことを言ってますね」
「悩める僕もイケメンだろう? ……とか言いたいところだけど……。そういうときもあるし、君しかいないから言うんだよ」
「なるほど。……まあ、何時間もポージングにつきあわされた職人は、唯一、迷惑を被ったかもしれないですけど」
唯一 あえてそう強調した
ハイターは、例の像を見かけると、心があのころに一気に立ち戻る。少なくともアイゼンも。程度の差はあるかもしれないが、多分もうひとりも
「……私の弟子の話をします。可愛い子です。娘を通り越して孫のように思っていますが……本人にそう言ったら嫌な顔をされるかもしれませんね」
「え? 弟子? って……さっき言ってた子のこと?」
「そうです。戦争で何もかも失って、自ら命を絶とうとしていたのを、私が引き留めました」
「…………」
あなたがここで死んだら、大切な人たちとの大切な思い出までここで失われてしまう そう言ったときフェルンは黙って聞いていた。もう半分の本音が伝わったかどうかは分からない。───それでも、生きていればなにかいいことがある。そう思ってほしかった
「もしかしたら、あのまま両親のあとを追ったほうが、彼女にとっては幸せだったのかもしれません。でも、それは最期に彼女が決めることだから、私には分からないし、ある意味、知ったことではない」
「えっ」
「えっ、て。さっき貴方も言ったじゃないですか。彼女の気持ちは彼女にしかわからないって」
「そ、それは……まあ……」
「わからないことを考え続けても仕方ない。だいたい、誰かを大切にする気持ちなんて、突き詰めていけば結局のところ、その誰かが喜ぶ顔を見たいというエゴですよ。所詮エゴなんですから、好きなようにやればいい」
「…………」
「他人ができることは、良かれと思うことを投げかけることだけです」
乾いた土壌に種を蒔き水をやるように
「それは、達観……なのかな? 僧侶っぽいといえば、僧侶っぽいよね……」
「ぽい ではなく、本職なんですよ」
「そうだったね。……僕はまだまだ俗物だなあ」
「そうですか。私はその俗物の勇者に倣ったつもりなんですけどね」
「…………」
なおも降り続ける花が、胡座をかいたヒンメルの膝で跳ね、花畑に落ちる
力なく落ちたのかと思ったそれは落ちた場所ですぐさま根づき、茎と葉を伸ばし、さらに大きく花弁を開いた
「……それでも僕はいつか、本人に聞けたらいいなと思ってしまうよ」
彼女の中で、芽が吹いたか花が咲いたか実を結んだか
それを確かめるころには、ここに蒼月草の花畑ができているかもしれない