社交会の話 / Masquerade

1.依頼を受けてしばらく経ったころ・オルデン家お屋敷の階段で喋るシュタルクとザイン




 用意された服装を整え鏡の前に立ってみたら、その代役となるべき姿である肖像画だけではなく、記憶の中の兄にも似ているような気がした



 今回の依頼は、この家の長子に成り代わり社交会に出席すること。それは、主たる実行役となるシュタルクの意志を問わず、路銀の乏しさゆえにふたつ返事で受諾された

 だが、由緒正しきこの家の嫡男として育てられた彼とシュタルクとでは、顔と体・すなわち外見以外の素養的な部分において、なにひとつ共通するものはない。そのため、差分を埋める教育を始められてからしばらく経つ。夜明け前から叩き起こされ、オルデン家の歴史から世界情勢まで座学でひととおり浚い、ようやく席を立てたかと思えば、歩き方、歩幅、話し方、目線……一挙手一投足に横槍を受ける。この繰り返し

 動きやすさ最優先で選んだいつもの服装とは違い、着慣れないこの扮装は、どこがというわけではなく、根本的に調子が狂う。替えはいくらでもあるので(財力!)、多少汚しても構わないと申しつかってはいるが、それでもそれなりに気を遣う。気を遣うなか不意に叱責が飛んでくるので、ただ歩くだけでもふかふかの絨毯に軽く足をとられる始末だ

 大階段の踊り場に飾られ、こちらを静かに見下ろす肖像画。その前に立ち、恨みとまでは言わないがぶつける先のない気持ちを込めつつ、じっとりと見やっていると、いつもどおりの佇まいでザインが階段を上ってきた

「おっ、これはこれはヴィルト様、ご機嫌如何ですか」
「その呼び方やめてくれ……。逆に聞くけど、どう見えてんの? 次から次と詰め込まれるから、覚えたつもりでも息するたびに鼻から抜けていきそうだよ……」
「これで塞いでおくか?」

 と、ザインはポケットから煙草を一本取り出し、先端を千切るような素振りをして見せた。うっかり任せてしまったら、本気で穴という穴すべてを塞ぎにかかりそうだ。なんだかんだで面白がっているのを隠そうともしないのが腹立たしい

「そうじゃなくて、一通りの作法を一瞬で覚える魔法とかさ……。そういえば、フェルンまで巻き込まれてるって聞いたけど」
「ん? ああ~……なんかどっかに連れてかれてたな」

 『相手役』として、フェルンに白羽の矢が立ったと聞いている。そしてそれなりの教育を受けているということも

 ただでさえだだっ広いこの屋敷で、食事の場所すら分けられてしまった昨今、皆と顔を合わせる機会自体がだいぶ減ってしまった。実際、ザインとこうして鉢合わせたのもずいぶん久しぶりのことで、魔導書でいっぱいの書庫に嬉々として籠っているのであろうフリーレンに至っては、依頼を受けて以降、一度も会っていない

 そしてフェルンはといえば。三日前、侍女らしき数人と連れ立っている姿をたまたま見かけたのだったが、そのときは、身につけたドレスの華やかさとは裏腹に、なんだか覇気のない歩きかたをしていた、ような……。あれこそがいわゆる上品な仕草と呼ばれるものなのかもしれないが……

「まあ、フェルンならうまくやるんじゃないか? なんでもソツなくこなしそうだしな、あの子」
「……。ザインにそう見えるんなら、大丈夫なのかな」
「うん?」
「器用そうに見せといて実はめっちゃ頑張ってるから、ホントのところは分かんないんだよな」
「…………」

 そう言うと、ぽかんとした顔でザインはシュタルクをしばらく眺めた

「……え、なに?」
「いや……そういうの、本人に言ってやればいいのにと思って」
「たぶん、言うとめっちゃ怒る。……と思う」
「そういうもんかねえ」

 これまでの経験則からしてそういうものだし、そもそも顔を合わせる機会自体が激減しているのだから仕方ない。ザインとしてもそれ以上追及するつもりもないようだった

「……まあ、おまえはもうちょっとうまくこなしてるように見せる努力をしたほうがいいな。やつれ過ぎだろ……」
「他人事だと思って! あの執事のじいさん、おはようからおやすみまで暮らしを見つめてくるんだぜ? 肉の食いかたひとつとっても、やれカットがでかすぎるとか音を立てるなとか、ずーっとねちねちねちねち! 食った気がしねえよ!」

 昨晩のディナーのメインは、ステーキだった
 極厚なのに、嘘みたいにあっさりとナイフを受け入れる。切れた瞬間、食欲をたまらなく刺激する香りがあたりに漂う。シュタルクでもその違いが分かる『いい肉』。あわよくば口いっぱいに頬張ってしまいたいそれを、逐一ああでもないこうでもないと指摘されながら、ちみちみ食べるのは、なかなかの地獄だ

 そんな、靴底の革でもかじっていたほうがマシなんじゃないかと思われる食事は、悲しいかな、昨晩に限ったことではなかった。「ああ、あれ旨かったよなあ」などと、すっとぼけた相槌を打ってきやがったザインはきっと、昨夜、別室で同じステーキを気楽に平らげたに違いない。こうして、多少愚痴るくらいしてもお釣りが来るレベルだろう

「絶対いいもの出してもらってるのに、なんて言うか、もう……。出されたものはおいしいうちにおいしく食べるのが、いちばんのマナーってやつなんじゃないのかよ」
「そこについては全面的に同意するけど、そういうわけにもいかない世界なんだろここは」
「そうかもしれないけどさ──……」
「大口開けてメシを食うなんて、むしろひとりのときか……気兼ねせずにつきあえる相手とのときだけだろうな。とはいえ……ここの奴らの場合、下手したら、家族の前でも難しいんじゃないか」

 いやな世界だよな、と苦笑しながらザインは去っていった

 会食の場は交渉の手段の一つに過ぎない そのこと自体は『教育』の初日にはっきり言い渡されていた。シュタルクが最終的に目指すところも社交会への代理出席である以上、日々の食事を暢気に味わっている場合ではないことも分かってはいるのだ、頭では。気持ちが追いつかないだけで

 肉の話をしたからなのか何なのか、誕生日にこっそり兄が振る舞ってくれたハンバーグの味が無性に思い起こされる
 そういえば、分け合ってもなお皿からはみ出るそれを食べるときだけは、ふたり揃って胃袋まで見えそうなほど口を大きく開け、その口がギリギリ閉じる限界まで詰め込んだ肉を頬張っていたのだった






2.シュタルクと別れてそのまま進み、偶然会って喋るザインとフェルン




 行儀見習い中の戦士と別れたその道すがら、これまた行儀見習い中の魔法使いが向こうからやってくるのが見えた。足元がおぼつかないのは、不意に踏んづけそうなドレスの裾の長さに難儀しているからかもしれないが、そのドレスに合わせた靴のせいもあるだろう

 そのまま、よちよちと進む様を眺めていると、なんとなく目と目が合った。互いの進行方向に居るのだから、必然の流れだ。視線を反らすのも何なのでそのまましばらく眺め続ける。フェルンは、急ぐのもままならないようで、さらにしばらくしてからようやくザインの目の前に辿り着く。階段の手摺をしっかり掴み、身の安全を確保したところでほっと息をついた

「……これでも、慣れてきたほうなんですけど」
「男は大概、そんな踵の靴で歩けるだけでもすごいと思ってるぞ」

 シュタルクと同様にフェルンもまた、生活のすべてに作法の教育を組み込まれている。淑女たる所作を身につけるためには、まず、それなりの装いに慣れる必要があるという前提のもと、最近は常にドレス姿で過ごしているらしい

 いま身につけているドレスは、オルデン家基準では普段着用の、簡素なデザインのものだ。が。綺麗なお姉さんが好きだとはいえ、お姉さんの着る服にまで精通しているわけではないザインでも、十分に上質なものだということが分かる。薄く化粧も施されているのであろういまのフェルンによく似合っていた

 先ほどシュタルクは、ほぼ拘束状態の身上と、この屋敷の無駄な広さのせいで、フェルンにあまり会えていないとか言っていた。が、いやいや会えないなら探せよ と思う。お楽しみは最後・本番までとっておく主義なのかもしれないし、何も考えていないのかもしれないし……あの野暮天の場合、半々なのが何ともはや。デザートのイチゴを最後に食べていたことから、前者の可能性に賭けたいところだが、どうか

「……そういえば、さっきシュタルクに会ったぜ」
「そうですか」
「相当まいってたけど、本番までもつかな、あいつ」
「シュタルク様なら大丈夫です、たぶん」
「…………」
「……え、なんですか?」

 我ながら間の抜けた顔をしてしまったであろう自覚はある

「いや……そういうの、本人に言ってやればいいのにと思って」
「調子に乗るからダメです」
「なるほど」

 つい先刻、似たような会話をした気がする。もっとも、先の相手と対峙したときとは異なり、腹を割って打ち明けられたような感覚はまったくないのだが

 いずれにしても、お互い本人に言い合えばいろいろ進展しそうなのに、勿体ないというのが正直な感想だった。かといって、言い合わない理由が───すなわち相手への気遣いだったり信頼だったりそういうものが、あながち的外れなものではないと判明した以上、余計な口出しをするのも節介が過ぎるだろう。そして何より、その停滞っぷりが半ば娯楽のひとつになりつつある悪い大人としては、結局のところ傍観を決め込むことになる

「あいつも意外とあの恰好、サマになってたな。昔の話とかしたことないけど、実はいいとこの出だったりするのかもな」
「…………」

 実際、櫛を入れた髪やら無駄に多い布というか装飾やら、本人が言うほどその手の服装が似合っていないわけではなかった。そしてザインとしてはどちらかというと、あいつ『も』と強調することで、暗に目の前の姿を褒めたつもりだったのだが……それを受けたフェルンは一瞬微妙な顔をした

 また女性慣れしていて不快だとでも思われたのかもしれない。だとしても、初めてストレートに彼女を褒める主の座は空けておくに越したことはないと思ったのだった。あの脳筋からはたして、気の利いた褒め言葉が捻りだされるのかどうかはさておくとしても






3.社交会当日のシュタルクとフェルン




 路銀のため・そして自分に火の粉が被ることはないだろうと踏んで、二つ返事で引き受けた依頼だったのに、結局がっつりと巻き込まれて今に至る。美しさを通り越し、もはや強そうな装飾が施された椅子に腰掛けさせられたものの、どこにどう身を任せたら良いものかフェルンはいまだに考えあぐねていた。目の前では招待客が優雅に踊っている。フロアの壁際に陣取った楽団が奏でている曲は、そろそろ終章に差し掛かるところだった

 社交会。それ自体に縁はないし興味もないが、華やかな装いにはそれなりに興味がある。なにをどう生地に織り込んでいるのか、ふわりと揺れるたびにその色合いを変えて煌めくドレスは、正直、身につけているだけで気分が上がる。ただし、ドレスを美しく着るための下準備には、心の底から辟易した

 ウエストラインを整えるべく、コルセットでぎゅうぎゅうと締めつけられた結果、お腹が苦しくて全然食べられない……のはツライので、頑張って食べたらそれはそれでツラかった(し、そもそも淑女たるもの、出された菓子やらなにやらをそんなモリモリ食べるものではないと咎められた)
 いつものブーツよりも踵の作りがほんの少し高い、そして細い。そんな靴を履いただけで、こんなにもバランスが崩れてしまうのだと初めて知った。まず視界が変わる。日頃使わない筋肉が攣り、足がもつれてよろけそうになる

 美しく装い、歩く。……だけではなくダンスを踊る。それを最終目標として今日まで作法を叩きこまれてきたが、果たしてどうなることか。会の状況によっては踊る暇も必要もないかもしれないからと、本来のパートナーと一度も合わせることのないまま、この日が来てしまった。ここにきてぶっつけ本番だなんて、計画性があるのかないのかさっぱり分からない。こういう、成り行きまかせの状況がいちばん苦手なのだ。ふとついたため息が、自分でも驚くほど大きく響いた。すました顔でとなりに立っていたパートナー様は、途端にぎょっとしてこちらを振り向いた

「(……フェルン? どうした? 具合悪くなった?)」
「(違うんです。ごめんなさい。……緊張はしてますけど)」
「(そっか。うーん……なんか飲み物でももらってこようか)」
「(大丈夫です。ありがとうございます)」

 潜めた声で会話を続けながら、シュタルクの目線は給仕係を探している。フェルンが小さく首を振ってそれを留めると、顔色を再確認するようにもう一度こちらを見た。本当にまずそうだったらすぐ言いますから と重ねて言うと静かに頷き、再び顔の向きを宴席のほうに戻した

───『あいつも意外とあの恰好、サマになってたな。実はいいとこの出だったりするのかもな』

 これはすこし前にザインがもらした言葉だ。釦ひとつでむこう数年の路銀を賄えそうな仕立ての良い服を着て、背筋を伸ばし堂々と直立している姿を見ていると、確かにそんな気がしないでもない。急ごしらえの代役と気づく者などこのフロアには一人もおらず、『教育』期間にフェルンについた侍女たちの会話からも疑念を抱かれている感じはなかった。もっとも、彼のことでなぜか好意的に盛り上がっていたのは、違う意味で気になるところではあったのだが……

 彼女たち曰く、「最近のヴィルト様はなんだか人当たりが柔らかくなった」のだそうだ。流石に、いつものような人助けをしたわけではないと思うが、だとしても、彼の優しさは皆にすぐ気づかれてしまうのだなとある意味感心したのだった

 そして、どういうふうに話が伝わっていたのか、色めき立った彼女たちは最後には『お相手』たるフェルンを羨望のまなざしで見る。彼が代役であるように自分もお相手役、単に与えられた役どころを演じているだけなのに、なんだか申し訳ないなと思いつつ、フェルンは、曖昧に微笑むだけにとどめておいた

 もちろん、そういう依頼内容だから口を噤まざるを得ないという面もあったけれど、本当のところは。彼のよいところはそれだけではないのだと、言いたいような独り占めしておきたいような、胸の奥をくすぐるむず痒さが残った。いまだってそう。こんな、お仕着せられた出で立ちではなく、いつもの彼のこと───戦士としての彼のことは、ここにいる誰よりも自分がいちばん良く知っているのだ

「(なに笑ってんの)」
「(えっ)」

 こちらを覗き込みながらの訝しげなその声に、フェルンは飛び上がりそうになった。緩んでしまっていた頬を慌てて押さえる

「(なんでもないです)」
「(そう? ……調子出てきたなら良かったけど)」
「(それはないです。お行儀よく座ってるのも、それはそれでしんどいですし)」
「(まあ、なあ……。なんか無駄に肩が凝るよなあ。動いてたほうがマシかも)」
「(…………)」

 と、シュタルクはフェルンの前に歩み寄り、かしこまって跪く。フロアに流れる曲はすでに変わっていた。1・2・3、強・弱・弱と、無意識に拍子を取ってしまうほど特訓させられたのと同じ曲だ。せっかく練習したからという物言いからすると、彼もこの曲でダンスを叩き込まれたのだろうか

「フェルンは、よく似合ってると思うよ。ダンスもそうだけど、それ、せっかく着たんだし、周りにもっと見せないともったいないよな」
「えっ……」
「俺は結局、服に着られてる感じが抜けきれてないけどさ……」

 とんでもないタイミングでとんでもないことを言う。こんなときにいつもの彼を出してくるのは本当にやめてほしい
 恭しく手を取る仕草も、自分一人では脱ぎ着できないような衣装も、言うほど似合っていないわけではない。けれどそんな事に気づかなくていい。彼にもそして自分にも、きっと必要のないものだ。それでも、一度くらいはきちんと踊ってみるのもいいかもしれない。そう、せっかく練習したのだから

「───本当に似合っていませんね」

 フェルンは微笑み、シュタルクの導く手に身をあずけることにした







4.くるくる踊るシュタフェルを眺めながら喋るザインとフリーレン




 弟子とは異なり、盛装をすんなりと着こなすその姿に、ザインは驚きを隠せずにいた。長年、それこそ自分たちとは単位からして異なる年月を生きてきた年の功というものなのか、それともその手の作法を器用にこなす魔法でも使ったのか。もっとも、そんなものがあるのなら真っ先に弟子たちに施してやれと思わなくもないが……思っていたのだが。目の前でくるくると踊っているあのふたりには、今となっては無用の長物らしい

 ということで。クリーム山盛りてんこ盛り、見ているだけで胸焼けがしそうな焼き菓子を、先ほどから延々と食べ続けているフリーレンに向き直る。そこまで不躾な視線をぶつけたつもりはなかったのだが、溢れる好奇心は隠しきれていなかったらしい。問いかけるよりも先に本人自ら口火を切った

「馬子にも衣装ってやつだよね」
「…………」

 言い出しっぺの本人は、こちらの返答になんの期待もなさそうだ。少なくとも馬子などと1ミリも思ってはいないので、「そうだなあ」とか返すのはザインの美意識的にあまりスマートではない。「その格好も悪くないぜ」などと言おうものなら、本人はともかくその弟子からは、女性慣れしていて不快だとか言われるだろう。なのでなんとなく不採用。手放しで褒めたりしたら、それはそれで互いに気持ち悪い後味が残りそうだ
 結局のところその問いは、問いかけられた時点ですでに詰んでいるのだ。ので、ザインは適当に流す形でその場の諸々を煙に巻くことにした

「まあ、着慣れてるなとは思ったけど」
「……勇者様を労いたい会に参加させられることもあったからね」
「じゃあ踊れたりもするんだ」
「まあ、それなりに」

 それなら、弟子を生贄に献上せずとも自分が行けばよかったのではないかと思うのだが、それはそれで別の問題を生み出しそうだ。そして目の前でくるくる踊っている今となっては(以下略)なのでさておくとして

 先の勇者は、その活躍だけでなく本体も見目麗しいものだったと聞いている。仲間として冒険に共に出るのが難しいにしても、いや、難しいからこそなおさら、一夜の、あわよくば人生の伴侶として名乗りをあげる者が、それこそ五万と湧いてきたに違いない

 黙っていれば婉容な淑女と称されるであろう彼女は、そんな輩を蹴散らすのにもってこいの逸材だったことだろう。ただし、勇者が彼女のことをそういう風に扱うとは思えず、実際に扱わなかったからこその現状なのだろうとも思う。会話の延長線上で軽くとはいえ、ダンスに誘ったのを、即答で拒否。向かいに座る自分ではなくもっと遠くを映す彼女の瞳は硝子のように澄んでいて、そこには一点の曇りも感じ取れない
 
「ケーキ食べる」

 弟子が思い出を大切にするのは、案外、師匠譲りなのかもしれない