モーニングページ

「ごはんできるぞー。そろそろ起きろー」

 肩をやさしく揺り動かされて気がつくと、おいしそうなにおいが鼻先をくすぐった

 旅路は、人けのない山道がしばらく続いていた
 人がいなければ依頼はない(ついでにいうと路銀も尽きそう)。依頼がなければただ歩くだけの日が続いて、シュタルク様の身体がなまってくる。身体がなまったシュタルク様は、旅路を無駄に飛び跳ねながら進むだけでは足りなくなり、朝早くから起き出して鍛錬に励むようになる

 『ついでに朝メシ用意しとくから、たまにはゆっくり寝てていいよ』昨夜、寝入りばなに言われた言葉に従ってぐっすり眠り、気がついたらこの時間だ。野宿にはだいぶ慣れたつもりでいたけれど、寝すぎて身体がうっすら痛いというのは初めての経験かもしれない

 だから起こされてもなおうだうだと、寝転がったままでいただけなのだけれど。傍らにしゃがんだシュタルク様は、こちらを探るように覗き込んだ

「どした? もしかして、調子悪い?」
「いいえ。寝ぼけてるだけです」
「ええ……? 寝ぼけてるやつが、寝ぼけてるとか自分で言う……?」

 と。苦笑いしながらシュタルク様は、毛布からはみ出た私の髪をひとすじ取り、指先で弄ぶ

 まだ日が昇るか昇らないかの時間帯、シュタルク様が出かけていったことに実は気づいていた。からの、二度寝。二度寝はそれだけで幸せだけど、幸せな二度寝をやさしく揺り起こされるのは、なんだか癖になりそうだ
 フリーレン様が寝坊助なのは、もしかしたら半分くらいは私のせいなのかも……。……いや、それはない。あれは性格・性質・気質とか言われるものの、どれかだろう

「……キスしてくれたら、すっきりと目が覚めるかもしれません」
「はぁ!?」

 仰向けに寝転がったまま、そう薄目で言ってみる。特に理由はない、なんとなくだ。すると、思いのほか大きくなった声を、シュタルク様が慌てて手で押さえるのが見えた。それを見てから気づいた。私のために慌てる彼が見たかったのかもしれない

「キ、キスって! 今!? ていうか、フリーレンに見られたらどうすんだよ!?」
「フリーレン様なら、ほうっておいたらまだまだ起きませんよ」
「…………」
「(多分だけど……)」

 言うだけ言って目を閉じると、一瞬、間があいたあと、シュタルク様は私の顔のすぐそばに手をついた。静かに顔が近づき、朝日が遮られたせいなのか、閉じた視界が一層暗くなる
 シュタルク様は、どこもかしこも硬いのに、唇だけは柔らかい。口の中につるっと入り込み一瞬だけ漂って、すぐ帰っていった舌先も

 再び目を開けると、シュタルク様はしゃがんだ姿勢のままこちらを見下ろしていた。差し伸べられた手を取り、体を起こすと、向こうに設えた焚き火で鍋がくつくつと煮立てられているのが見えた。目覚めた瞬間に漂ってきたのはきっとこのにおいだ。今となってはその中身も何となく分かる

「おさかな……」
「……っ。デカイのが釣れたから、適当に煮たスープ」
「おいしそうですね」

 おいしそう ではなく、おいしいこともちゃんと分かっているけど、敢えて言わないでおく
 鍋をかき混ぜに行ったシュタルク様を見送りつつ、私は寝床をようやく出る。そして、まだまだぐっすり夢の中のフリーレン様を叩き起こす作業に勤しむことにした