分かってほしい話 / 転ばぬ先の杖

 杖のことでフリーレン様と結構な言い争いをして、たまらず宿を飛び出して。街を駆ける足が無意識に向かってしまったのは、シュタルク様がいつも鍛錬の場にしている丘の方向だった

 不機嫌を1ミリも隠さずに登場した私を、引き気味で迎えたシュタルク様に、一連の出来事をひととおり訴える。となりで胡座をかいて座るシュタルク様は、うんうんと頷き、ときに宥めるようなことを言いながらそれを聞いてくれた

 前々から、喧嘩の仲裁はできないと言っている。あくまで第三者の立場として、シュタルク様はシュタルク様なりの意見を口にしているだけ。逆の立場だったらきっと私も同じことをする。私も仲裁なんてスキルは持ち合わせていないから
 そもそも私も、愚痴を言いたかっただけで、フリーレン様の悪口で盛り上がって欲しかったわけじゃない
 それでも、『フリーレン様だから仕方ない』と、ある意味合理的な意見で結論づけられてしまうことが、なんだか引っかかってしまうのだ
 
「……シュタルク様はフリーレン様のこと、ずいぶんかばうんですね」
「え?」

 三角座りの膝に伏せていた顔を上げると、シュタルク様はぎょっとした顔でこちらを見ていた
 責めたつもりはなかったけれど、つとめて冷静に口にしたのがかえって良くなかったらしい

「かばってないって。だって、別に、フェルンが悪いとか言ってないだろ」
「それはそうですけど」
「悪いかどうかで言えばフリーレンがぶっちぎりで悪い。俺だって、たとえばこいつが砕けて涙目になってるところに、買ったほうが……捨てたほうが早いとか言われたら、はあ!? ってなるよ」

 と、シュタルク様は背後の木に立てかけている斧に目をやった
 シュタルク様も道具を大切にするひとだと思う。最近、私たちが試験を受けている間に研ぎ直してもらったというその斧は、陽の光を浴びてぴかぴかと光っていた

「ただ、あの……かばうつもりはないんだけど! やっぱり、相手がフリーレンだからさ……。言いかた悪いけど、気に病むだけ時間の無駄っていうか」
「……それも、頭では分かってるんです、けど」
「あと、フェルンの杖は俺も見たけど……。正直、あれがホントに元通りになるのかなとは俺も思ってる」
「…………」

 これは流石に駄目かもしれない。私自身うっすらとそんな気はしている。それでも
 たとえ元通りにならなくても、修理に奔走したところで徒労に終わる未来が見えていても。何もせずにはいられない。足掻きもせずに諦められない。そんな気持ちにまず寄り添ってほしかった

 フリーレン様はそういうひとではない。無駄なものを愛してはいるけれど、要らないものはあっさりと切り捨てる。冷たいわけではないけれど、ぐずぐずにあたたかいわけではない。わかっているはずなのに、もしかしたらの可能性を捨てられず、案の定裏切られて───裏切られたような気になって、勝手に腹を立てているだけ

 多分、きちんと伝えれば分かってくれる。あの杖を捨てることは、これまでの思い出ごと捨てるということだと。要らないものだと簡単に決められてしまうのは、とても哀しいことなのだと

 けれど、伝えなければ分かってくれないこと自体、どうしようもなくしんどい時がある
 自ら働きかけなければ、感情の温度が同じにならないまま、ずっと平行線を辿ることになるのかと、途方に暮れてしまうことが多々、ある

「……三次試験、手ぶらで行っちゃおうかな」
「え、怒ってる!? ごめん! で、でも……ちょっとすごかったからつい本音が」
「怒ってないです。あの杖は難しいかも、とは私も思ってますし。そうじゃなくて、なんか……どうでもよくなってきただけ」

 目の前に広がる海はとても穏やかで、じっと眺めていると、なんだか気持ちまで凪いできたような気がする
 凪ぐどころか、良くない方向へ向かっている自覚はある。心が折れるとはこういうことなのかもしれない。きっとあの杖のように粉々に砕けてしまったのだろう。なんのために頑張っていたのか、急に分からなくなってしまった

「そんな、投げやりになるなよ……この先、一級魔法使いが絶対必要なんだろ……」
「フリーレン様が合格するから大丈夫です」
「それは分かんないじゃん」
「フリーレン様も駄目だったら、がんばって節約して、依頼も受けて、お金を貯めればいいんです。結局世の中、お金です」
「言い方ぁ! ていうかそれって何年単位の話?」
「……二年くらい?」
「いやいや代償がデカすぎるでしょ……まあ、魔法使えない俺がとやかく言う資格はないんだけどさ……」
「合格できない私にも言う資格はないから大丈夫です」
「フェルン~~」

 あてずっぽうに言った、二年。もしかしたらそれ以上かかるかもしれないけれど、別にそれでもいいのではないか

 そもそも、この旅のいちばんの当事者であるはずのフリーレン様がまったく急いでいない。ハイター様に少しでも早くお会いしたいという一心でずっと急がせていたけれど、もしかしたら、こちらの世界の一年や二年なんて、ハイター様からしたら誤差程度なのかもしれない。天に召されてからの時間感覚はほんの一瞬だと聞いたことがある。こちらの気概はさておくとして、待たせているわけではないのだから、最初から急ぐ理由などなかったのかもしれない。試験を受ける必要すらも

 そう言えば。一級魔法使いという肩書を手土産にできたら そんなことを思ったこともあったんだった。不甲斐ない弟子のまま会いに行くことになるのが、心残りではあるけれど……

 もうひとつ気がかりなのは、いま現在も待ってくれているひとがいるシュタルク様のことだ。アイゼン様は長寿種と伺っているけれど、それはそれとして。シュタルク様としてはこの旅の目的をすっきりと果たしたうえで、少しでも早く会いに行きたいに違いないのに

 そういう意味で、いちばん物申す権利があるはずのシュタルク様は、なにか名案を思いついたような弾んだ声を上げてこちらを見た

「そうだ! フェルン、腹減ってないか?」
「はい?」

 こちらの返事を待たずにシュタルク様は、傍らに畳んで置いてあったジャケットを手に取りながら立ち上がる。ばさばさ振りさばいて草と土を落とすと、それを羽織り、身支度を整え始めた
 言われてみれば確かに。怒り散らしたことでエネルギーを消費したせいなのか、ちょっぴりお腹が空いてきたところではある

「腹減ってると、考えがロクな方向に行かないって言うだろ? だからさ、とりあえずメシ食いに行こ」
「え、ごはん……ですか」
「食いがてら、あの杖直してくれるとこ探しに行こうぜ。俺も鍛冶屋しか知らないから、片っ端から聞き込みだな」
「…………。でも……いいんですか? 瞑想の途中じゃ……」
「あのじいさんから、今日の分のお墨付きはしっかりもらったから大丈夫」

 途中もなにも、邪魔しに来た身で言うことではないとは口にしてから思った
 『じいさん』とは……来るすがらにすれ違ったおじいさんのことだろうか。果たしてあれは誰なんだろう
 ぐちゃぐちゃと考えながら、立ち上がるのにもたついていると、シュタルク様は私の手をぐっと引き上げた

「一級魔法使いになって会いに行ったほうが、ハイター様だって喜ぶだろ」






 街に着くと、ちょうど真昼の時間帯ということもあり、食事に出てきた人で混雑していた
 シュタルク様は、屋台近くに設えられた椅子に私を座らせると、あちこちの店を回り、サンドイッチやらフライやらを両手いっぱいに抱えて戻ってきた。どれもこれも私の好きなものばかりだ

 向かい合わせで座り、さっそく食べ始める
 食べながら、ギルドからもらってきたという地図をテーブルに広げ、街中での魔道具店の配置をなぞりながら、聞き込み経路を作戦立てて……。ここまで至れり尽くせりの待遇を受けているというのに、頭の端ではこんなことを思ってしまうのだ。───寄り添ってくれるだけでなくて、私のことをもっと知ってほしい。どれだけやさしくされても、もっと欲しくなる。それほど子供ではないつもりだったのに

「あの……シュタルク様」
「ん?」

 口いっぱいに頬張っているポテトを飲み下すのを待って続ける
 シュタルク様はひと口が大きい。そのせいもあるのか、とてもおいしそうに食べるひとだなと思う

「一応確認なんですけど……。フリーレン様に悪気がない、ああいうひとだってことは、私も分かってるんですよ?」
「えぇ……。さっきと言ってること違わない?」
「違うけど違わないんです。さっきはイライラしてただけで……。分かってないわけじゃないってことはハッキリさせておいたほうがいいかなと思って」
「う、うん。なるほど……??」
「私のほうが、フリーレン様と一緒にいた時間が長いですから」

 ここまで言ったところで、シュタルク様はたまらずといった態で吹き出した

「なんで笑うんですか」
「いや、そりゃ笑うだろ……。あのさ、絡むのはいいけど、せめてスタンスをはっきりさせてからにして」
「え?」
「フリーレンのことは、俺よりフェルンの方が詳しいに決まってるじゃん。そこにつっかかってくるんだから、なんだかんだで仲いいよな」
「…………」

 それもあるけど、言いたかったのはそこじゃない

 シュタルク様は、フリーレン様のことをよく掴んでいると思う。丘の上での会話を反芻しながら改めてそう思う。じゃあ、私のことは?

 『私がつっかかりたくなるほどに』フリーレン様のことを把握しているシュタルク様は、フリーレン様と過ごした時間と同じ時間を過ごしているはずの私のことを、どれだけ分かってくれているのかを知りたかった

 好きな食べ物についてはしっかり把握されているような気がする。けれども他のこと、たとえば気になるひとの話をしたら、目の前のこのひとはいったいどんな顔をするんだろう

「あ、次は肉にする? ドーナツにする?」
「…………。どっちも食べます。できればカシスジュースも飲みたいです」
「りょーかい」

 そこを埋め尽くしていたはずの料理を食べ尽くし、すっかり広くなったテーブルを一瞥して、シュタルク様はさっと立ち上がる
 私は椅子に腰かけたまま、街のひとたちに笑顔で声を掛けられたり肩を叩かれたりしながら店へと走る赤い背中を見送った