「おまえ………本物の江藤、か?
あ、いや『本物の』てのも、変だけど……」
恐る恐るといった感じで俊が、今ようやく見てとれたことの真偽を尋ねると
とめどなく涙が溢れてくるまぶたをぎゅっと押さえながら、蘭世はこくんと頷く

「…………」
「………そう、か……」

脱ぎ捨てたシャツを引き寄せさりげなく前を隠しながら、俊は深いため息をつく
重苦しい沈黙を先に破ったのは蘭世

「うちに帰ったら、ちょうど地下室に降りていく真壁くんの頭が見えて……
どうしたんだろうなって、つい、後をつけちゃって」
「…………」
「そうしたら、なぜか『あかずの扉』じゃなくて
鏡の間に入ってっちゃったから、思わず……」
「──────思わずついてきちまって、今、ここにいるってわけか」
「! そ……そう、なの……あの……」

蘭世の言葉尻を受けた俊の口調は妙に冷静で
蘭世は反射的に謝ってしまう

「ご、ごめんなさ……」
「……別に、謝らなくていいけど」
「う……」

──────ど、うしよう…
真壁くん、怒ってる、よね
だって、そもそも勝手に後をつけられてたってだけでも
見張られてるみたいで、ものすごく気分悪いだろうし
本当は、この世界に来たのだって
真壁くんには真壁くんなりの考えがあったんだろうし……
──────ああ、でも

見る見るうちにその表情を暗くする蘭世の肩を引き寄せ抱きすくめ
わざとくしゃくしゃ乱暴に、俊はその髪を撫でる

「ったく……。だから、怒ってねえって。そんなに次から次へと色んなこと考えんなっつうの……」
「ひゃっ」

蘭世に対して腹を立てているわけではないというのは、本当
むしろ俊は、いくら心を読まないようにしているとはいえ
本人(?)であることに気付くことができなかった、そのことに
自分が情けないというか、腹立たしいというか
軽くショックを受けていて

「……全然……気づかなか……った……?」
「〜〜〜〜〜〜っ。………まあ、な……」

こんな、人の傷口に塩を塗り込むような絶妙なタイミングで発せられる蘭世の呟きも
認めざるを得ないのだろう
何故、気づくことができなかったのか───その理由の複雑さも併せて

けれどその瞬間、何故か
胸元の、蘭世の目元が当たっているあたりが生温かくじわりと何かに濡れる

「……や、………っぱり…ぃ………っっ」
「ん……。……って、おい! ここ、泣くとこか!?」
「だって……!」

ぎょっとして俊がその顔を覗き込むと、やはりその目からは
押さえ込んだはずの涙が再びこぼれ落ちていて
どう贔屓目に見ても、嬉し涙とは思えないそれに
俊としては、全くもって意味を計りかねてしまい
とりあえず目元に指先を伸ばし、その涙を拭おうとするものの
いやいやをするように顔を振られ、触れることすら適わず

「……おい……」
「最初はっ」

がしがしと目元を手の甲で拭い、蘭世はキッと俊を見据える
その、なんともいえない微妙な迫力に思わず俊は背筋を正す

「──────最初は、楽しかったの。しゅ……しゅしゅしゅ俊、って呼んでみたり、とか……!」
「………はあ……」

──────呼び捨てにされて真っ赤になってるところとか
わたしのこと名前で呼べなくてやっぱり真っ赤になってるところとか
すっごく、かわいかったしっっ──────

言葉と同様、結構なボリュームで流れ込んでくる蘭世の思考
その『かわいい』って誰のことだ、とか
なに今更名前で呼ぶのを恥ずかしがってんだこっちまで恥ずかしくなるだろ、とか
問いただしたい点は色々満載なのだが

──────『最初は』?

「……でも、なんだかだんだん、不安になってきちゃって……」
「不安って……?」
「だって真壁くん、なんだかいつもより、すごく嬉しそうだったし!」
「……あ……」

確かに、今までのノリノリな自分の姿を思い起こせば、強く否定はできない
そこまではいい(というか仕方ない)。──────けれど

「そう思いはじめたら……
もしかしたら、この世界に来た理由は、いつものわたしに不満があるからなのかなって
ほんとは、いつものわたしといても物足りないっていうか
つまらないからなんじゃないかって……!」
「……は?」

──────なんで、そっちに繋がるんだ……?

そりゃ確かに、発端は好奇心・興味本位だったことも事実だから
大きく正面切って否定できないところではあるが
全ての顔を見てみたいと思うのは、果たして
『物足りないから』という言葉だけで片付けられることなのか、どうか

「──────あのなあ、江藤……」
「だって真壁くん、さっきわたしのこと『全部すき』って言ったもの!」
「……は?」
「いつもは絶対そんなこと言ってくれないのに、今日にかぎって………
いつもは絶対しない、あんなこととかこんなことをしてるわたしのことを
『全部すき』って……」
「…………は?」
「それって、『いつものわたし』のことは、『全部すき』じゃないってことだもん……!」
「……………………はあ……?」

恐ろしいまでのネガティブ思考な三段論法に
俊は唖然として呆然として──────脱力

もうちょっとだけ、自分に自信を持っていてくれれば話が早いのに──────と
もうちょっとだけ、自分が巧く口を開けば話が早いことを棚に上げて俊は思う

そう、全ては
言うべきことも、時に言いたいことですら、容易に口を開かない自分が引き起こした、功罪
必要以上に自分を過信しないつつましさ、だからこそ常に前に進もうとするひたむきさが
蘭世の持つ、数えきれないほどの魅力のひとつでもあるのだから

「…………」

そのバランスが狂うと一気に負の方向へ流れ落ちてしまうのは、困りものではあるが
それも、また……と、思ってしまうあたり
やはり、認めざるを得ないのだろう。全てを

──────とはいえ

「……いつもはしないようなことをしたのはそっちだって一緒だろ……」
「……え……?」
「……いや……」

再び俊は、蘭世の細い肩を抱き寄せる
首元に鼻先をうずめて息を深く吸い込むと、胸いっぱいに膨らむ花のような石鹸のような香り
この香りに包まれるそのときが、いちばん心安らぐときだということに気がついたのは
もう、大分遠い昔のこと

「……つまらねえとか、興味ねえとか、だったら
のこのここんなとこまで来るか、バカ」
「……え、あ………っっ……!
あの、真壁くん、そ、それって……」

──────どういう意味? 
そう続けるべく開きかけた蘭世の唇を塞ぐ
舌を滑り込ませ重ね合わせて、すぐ離れて
鼻先をうずめていた首元に移動して、やっぱり軽く口づけて
ゆっくりとのしかかるように重なり合ってその身を畳に横たえる

「ま、真壁く…………」

畳の上に投げ出された手をとり、平と甲に恭しく唇を寄せる
人指し指先を軽く咥えて解放し、指の側面から又にかけて一本一本を舌先で丁寧に辿っていく
ぞくりと、蘭世の背筋に走る心地よい震え
それを見てとったかのように俊はその手をゆっくりと引き下ろし

「っっ……!! 〜〜〜〜ひゃああああっっ!!」
「……こんなこと、どこで覚えてきた?」

先刻まで、痛いくらいの稚拙な愛撫を受けていたそこへと導き、てのひら全体で触れさせる

「どこで……って……! いやああああああっっ」
「言ってみろって」

触れさせる、だけでは飽き足らず、筒状に握らせて
ゆっくりと上下に往復させる
先刻までの威勢のよさはどこへやら、耳まで真っ赤に染め、もがいて逃れようとする蘭世の
(無意識な)動きも相俟って
戦闘態勢時よりも幾分弱まっていた筈の勢いを、一気に取り戻せてしまいそうな、両刃の剣

「あ、あ〜〜〜っっ…! ざ、雑誌とか、ですっっ………!」
「へえ…………」
「ひゃうっ」

その傍らで密かに引き下げていたスカートとショーツを畳にふわりと取り置いて
開いた脚の間に割って入り、少しずつ敏感になりつつある中心の芽を指先で弾く
軽く曲げて立てた膝小僧に唇を当てて、慌てず急がず俊は身体のラインを辿りながら昇りつめ
蘭世が震えるたびに控えめに揺れる胸を、自分の顎を挟むように押しつけながら
にやりと笑う

「──────今後が、楽しみだな」
「〜〜〜〜〜〜〜っっ……!」







──────それが例え裏でも表でも、ふたりならきっと



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